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歌川広重 代表作12選|東海道五十三次・名所江戸百景の見どころと、どこで見られるか

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東海道五拾三次之内 庄野 白雨 歌川広重

歌川広重といえば《東海道五拾三次》。そこまでは多くの人が知っていますが、どのようなシリーズがあるのかなどは知らない方も多いのではと思います。

広重は生涯に2万点近い版画を残したとされ、東海道だけでも版を変えて20種類以上を手がけています。どこから見ればいいのか分からなくなるのは当然だと思います。

この記事では、広重の画業を代表する12点を制作年順に並べました。東海道から木曽海道、近江八景、花鳥画、そして最晩年の《名所江戸百景》まで。1枚ずつ、どこを見ればいいのかを書いています。

先に結論を言うと、広重は「天気の絵師」です。雨、雪、霧、夕立。移ろって消えてしまうものを版画という複製メディアに定着させたところに、この人の一番の発明があります。

そしてもうひとつ。2026年9月29日から12月20日まで、東京国立博物館で特別展「歌川広重 江戸のベストアングル」が開かれます。《東海道五拾三次》《木曽海道六拾九次》《名所江戸百景》の三大シリーズを3期に分けて全点公開する、東博では初めての本格的な広重展です。三大シリーズが全点出るので、この記事で挙げた12点のうち10点は、いずれかの期に並ぶ見込みです。

目次

歌川広重とはどんな絵師か

歌川広重(1797〜1858)は江戸生まれ。定火消同心という、火消しを担当する下級武士の家に生まれました。13歳で両親を相次いで亡くし、家督を継ぎながら15歳で歌川豊広に入門しています。

広重が名所絵で当たりを取ったのは37歳のとき。1833年頃に版元の保永堂から出した《東海道五拾三次之内》が爆発的に売れ、以後は風景画と花鳥画の絵師として一時代を築きました。北斎より37歳下で、《冨嶽三十六景》が売れた数年後に広重が登場した形になります。

広重を理解するうえで押さえておきたいのは3点です。

  • 天候と時刻を主題にした:雨、雪、霧、月夜。それまでの名所絵が「場所の説明」だったのに対し、広重は「その場所のある瞬間」を描きました。
  • 人が小さい:画面のなかの旅人や町人は、たいてい風景に対して小さく描かれます。見る人が自分を重ねやすい距離感です。
  • 版元と彫師・摺師との共同作業:浮世絵は絵師ひとりの作品ではありません。ぼかし摺りの技術が、広重の空や水面を成立させています。

浮世絵は版画なので、同じ図柄が何百枚も摺られました。摺る時期によって色や版が変わり、初期の摺り(初摺)と後期の摺り(後摺)では別物のように見えることもあります。この記事の図版も、それぞれ別の美術館が所蔵する摺りです。

歌川広重の代表作12選

制作年順に並べています。作品データの「所蔵先」は、掲載した図版がどの館の摺りかを示すものです。浮世絵は版画なので、同じ図柄を複数の美術館が所蔵しています。

1.《東海道五拾三次之内 日本橋 朝之景》天保4〜6年(1833〜35)頃

東海道五拾三次之内 日本橋 朝之景、歌川広重、天保4〜6年(1833〜35)頃、メトロポリタン美術館所蔵の摺り
東海道五拾三次之内 日本橋 朝之景、歌川広重、天保4〜6年(1833〜35)頃、メトロポリタン美術館所蔵の摺り。 Public domain, via Wikimedia Commons.

シリーズの第1図。夜明けの日本橋を、大名行列が渡りはじめるところです。橋のたもとには天秤棒をかついだ魚売りが2人、行列とすれ違うように早足で歩いています。

広重は旅の起点をこう設計しました。公用の行列と、庶民の朝の仕事が同じ画面に収まる。この後に続く53の宿場で、旅人・馬子・駕籠かき・巡礼が次々に登場することの予告になっています。

画面右下に「東海道五拾三次之内」の題箋、左に版元・保永堂の印。空は上部だけ藍でぼかされ、そこから下は白いまま残されています。朝の光がまだ地面まで届いていない時間帯です。

作品データ:東海道五拾三次之内 日本橋 朝之景/天保4〜6年(1833〜35)頃/木版多色摺(大判横絵)/版元:竹内孫八(保永堂)

2.《東海道五拾三次之内 箱根 湖水図》天保4〜6年(1833〜35)頃

東海道五拾三次之内 箱根 湖水図、歌川広重、天保4〜6年(1833〜35)頃、ボストン美術館所蔵の摺り
東海道五拾三次之内 箱根 湖水図、歌川広重、天保4〜6年(1833〜35)頃、ボストン美術館所蔵の摺り。 Public domain, via Wikimedia Commons.

東海道最大の難所、箱根の峠。広重はこれを、ほとんど地形の抽象画のように描きました。手前の山肌は赤・緑・青・黄土がパッチワークのように塗り分けられ、実際の岩肌の色というより、切り立った斜面の面の変化を色で示しています。

画面左下に、豆粒ほどの大名行列。奥には芦ノ湖と冠雪した富士山が広がります。山を大きく、人を小さく描くことで、越えなければならない距離が体感として伝わってきます。

作品データ:東海道五拾三次之内 箱根 湖水図(第11図)/天保4〜6年(1833〜35)頃/木版多色摺(大判横絵)/版元:竹内孫八(保永堂)

3.《東海道五拾三次之内 蒲原 夜之雪》天保4〜6年(1833〜35)頃

東海道五拾三次之内 蒲原 夜之雪、歌川広重、天保4〜6年(1833〜35)頃、ボストン美術館所蔵の摺り
東海道五拾三次之内 蒲原 夜之雪、歌川広重、天保4〜6年(1833〜35)頃、ボストン美術館所蔵の摺り。 Public domain, via Wikimedia Commons.

シリーズ中でもっとも評価の高い1枚とされます。深い雪に埋もれた集落を、3人の人物が黙々と歩いています。

空が黒く、地面が白い。通常のぼかし摺りは上を濃く下を淡くしますが、この図では夜空の暗さを上部から重く落とし、雪面の白を紙の地のまま残しています。人物の足取りと傘の角度だけで、雪の重さと音のなさが伝わります。

もっとも、蒲原(現在の静岡市清水区)は雪がめったに降らない土地です。なぜ広重がここを豪雪の夜として描いたのかは、はっきりしていません。実景の写生ではなく、旅の記憶や画題としての「雪」を優先した結果だと考えられています。

作品データ:東海道五拾三次之内 蒲原 夜之雪(第16図)/天保4〜6年(1833〜35)頃/木版多色摺(大判横絵)/版元:竹内孫八(保永堂)

4.《東海道五拾三次之内 庄野 白雨》天保4〜6年(1833〜35)頃

東海道五拾三次之内 庄野 白雨、歌川広重、天保4〜6年(1833〜35)頃、クリーブランド美術館所蔵の摺り
東海道五拾三次之内 庄野 白雨、歌川広重、天保4〜6年(1833〜35)頃、クリーブランド美術館所蔵の摺り。 Public domain, via Wikimedia Commons.

「白雨」は夕立のこと。坂道で夕立に襲われた人々が、それぞれの方向へ駆け出しています。駕籠かきは前かがみに走り、笠をかぶった男は坂を下り、傘の男は登っていく。

雨は2種類の斜線で表現されています。角度の違う雨脚を重ねることで、風で雨筋が乱れている状態を作り出しました。背後の竹林は上から墨をかぶせたように暗く、輪郭が溶けています。

雨を線として彫るという発想は、後にヨーロッパの画家たちを驚かせました。西洋絵画では雨は空気の濁りとして描かれるもので、線で描く発想がなかったからです。

作品データ:東海道五拾三次之内 庄野 白雨(第46図)/天保4〜6年(1833〜35)頃/木版多色摺(大判横絵)/版元:竹内孫八(保永堂)

保永堂版《東海道五拾三次之内》は日本橋から京師(京都)まで全55図。宿場の順に並べて通しで見ると、峠・川・海・宿場町・雨・雪と主題が計算されて配分されていることが分かります。

5.《近江八景之内 唐崎夜雨》天保5年(1834)頃

近江八景之内 唐崎夜雨、歌川広重、天保5年(1834)頃、メトロポリタン美術館所蔵の摺り
近江八景之内 唐崎夜雨、歌川広重、天保5年(1834)頃、メトロポリタン美術館所蔵の摺り。 Public domain, via Wikimedia Commons.

琵琶湖畔の唐崎神社にある一本の松。近江八景は中国の瀟湘八景にならった伝統的な画題で、広重以前から繰り返し描かれてきた主題です。

広重はこれを、画面のほぼ全部を1本の松で埋めるという構成で処理しました。夜の雨に濡れた松の枝が横に長く伸び、その下に小さく社と灯りが見えます。琵琶湖の水面は上部でぼかされ、対岸の山はほとんど溶けています。

東海道シリーズと並行して制作された揃物で、名所絵の絵師としての引き出しの広さがよく分かる1枚です。

作品データ:近江八景之内 唐崎夜雨/天保5年(1834)頃/木版多色摺(大判横絵)/版元:保永堂ほか

6.《木曽海道六拾九次之内 洗馬》天保7〜8年(1836〜37)頃

木曽海道六拾九次之内 洗馬、歌川広重、天保7〜8年(1836〜37)頃、国立国会図書館所蔵の摺り
木曽海道六拾九次之内 洗馬、歌川広重、天保7〜8年(1836〜37)頃、国立国会図書館所蔵の摺り。 Public domain, via Wikimedia Commons.

中山道の宿場を描いたシリーズから。奈良井川を下る2艘の柴舟が、月明かりのなかを流れていきます。

人物は舟の上に2人だけ。手前の薄(すすき)と柳が風に大きくなびき、空は月を残して藍でぼかされています。音のない画面のなかで、風だけが動いている。東海道シリーズの賑やかさとは対照的な、静かな1枚です。

《木曽海道六拾九次之内》は渓斎英泉が着手し、途中から広重が引き継いで完結させた連作です。版元も途中で交代しており、出版の経緯が複雑なことで知られます。

作品データ:木曽海道六拾九次之内 洗馬/天保7〜8年(1836〜37)頃/木版多色摺(大判横絵)/版元:錦樹堂・伊勢屋利兵衛

7.《月に雁》天保初期頃

月に雁、歌川広重、天保初期頃、メトロポリタン美術館所蔵の摺り
月に雁、歌川広重、天保初期頃、メトロポリタン美術館所蔵の摺り。 Public domain, via Wikimedia Commons.

広重は名所絵だけでなく、花鳥画でも一時代を築きました。これは短冊判という細長い判型の1枚です。

満月を背に、3羽の雁が斜めに降りていきます。縦長の画面を、雁の列が対角線で貫く。上部に狂歌が添えられ、下半分は藍のぼかしで夜空とも水面ともつかない空間になっています。

この図は戦後に記念切手の図案として使われ、切手収集の世界でよく知られた1枚になりました。名所絵の広重しか知らない人には、意外に映るかもしれません。

作品データ:月に雁/天保初期頃/木版多色摺(短冊判)

《名所江戸百景》— 最晩年の到達点

安政3年(1856)から広重が没する安政5年(1858)にかけて発表された、生涯最大の連作です。広重が118図を手がけ、没後に二代広重が1図を加えました。目録を含めて120枚一組として扱われるのが一般的です。

東海道シリーズが横長だったのに対し、こちらはすべて縦長。近景に大きなものを置き、その隙間から遠景を覗かせるという構図が繰り返し使われます。60代の広重がたどりついた、最後の実験でした。

8.《名所江戸百景 亀戸梅屋舗》安政4年(1857)

名所江戸百景 亀戸梅屋舗、歌川広重、安政4年(1857)、国立国会図書館所蔵の摺り
名所江戸百景 亀戸梅屋舗、歌川広重、安政4年(1857)、国立国会図書館所蔵の摺り。 Public domain, via Wikimedia Commons.

画面手前に、梅の古木の幹が1本。太い枝が画面を横切り、その向こうに紅梅を眺める人々が小さく見えます。

この構図はかなり乱暴です。主役であるはずの梅園を、幹が真正面から遮ってしまっている。それでも成立するのは、幹の黒と背景の紅、そして地面の緑という色の役割分担が明快だからです。

この1枚を、ゴッホが1887年に油彩で模写しています。画面の四辺に漢字を並べた《日本趣味:梅の開花》がそれです。ゴッホは複製版画を買い集め、構図をそのままキャンバスに移しました。

作品データ:名所江戸百景 亀戸梅屋舗/安政4年(1857)11月/木版多色摺(大判竪絵)/版元:魚屋栄吉

9.《名所江戸百景 大はしあたけの夕立》安政4年(1857)

名所江戸百景 大はしあたけの夕立、歌川広重、安政4年(1857)、メトロポリタン美術館所蔵の摺り
名所江戸百景 大はしあたけの夕立、歌川広重、安政4年(1857)、メトロポリタン美術館所蔵の摺り。 Public domain, via Wikimedia Commons.

広重の代名詞といっていい1枚。新大橋に夕立が降り、橋の上の人々が背を丸めて走っています。

雨は無数の細い線で彫られ、画面全体を斜めに貫きます。橋は画面を上下に分断し、下には隅田川、上には雨に煙る対岸。川面には筏が1つ流れているだけです。

注目したいのは空です。上部が黒、その下が灰、さらに下が薄い藍と、3段階のぼかし摺りで雲の厚みを作っています。摺師がバレンで色を調整する技術がなければ成立しない表現です。

ゴッホはこの図も《雨の大橋》として模写しました。雨の線を絵具で1本ずつ描き写しており、木版の線をどう油彩に置き換えるかで苦労した跡が見えます。

作品データ:名所江戸百景 大はしあたけの夕立/安政4年(1857)9月/木版多色摺(大判竪絵)/版元:魚屋栄吉

10.《名所江戸百景 亀戸天神境内》安政3年(1856)

名所江戸百景 亀戸天神境内、歌川広重、安政3年(1856)、メトロポリタン美術館所蔵の摺り
名所江戸百景 亀戸天神境内、歌川広重、安政3年(1856)、メトロポリタン美術館所蔵の摺り。 Public domain, via Wikimedia Commons.

亀戸天神の太鼓橋と藤棚。手前に藤の花房が垂れ下がり、その向こうに急勾配の橋が弧を描いています。

橋の反り具合が実際よりかなり誇張されています。ほとんど半円に近い。おかげで、垂れ下がる藤の縦の線と、橋の曲線が画面のなかで対比されます。藤の紫、橋の朱、水の藍という3色の配置も計算されたものです。

この橋は現在も亀戸天神社にあります。広重が描いたほど急ではありませんが、藤の季節に行くと同じ構図を探したくなります。

作品データ:名所江戸百景 亀戸天神境内/安政3年(1856)7月/木版多色摺(大判竪絵)/版元:魚屋栄吉

11.《名所江戸百景 深川洲崎十万坪》安政4年(1857)

名所江戸百景 深川洲崎十万坪、歌川広重、安政4年(1857)、メトロポリタン美術館所蔵の摺り
名所江戸百景 深川洲崎十万坪、歌川広重、安政4年(1857)、メトロポリタン美術館所蔵の摺り。 Public domain, via Wikimedia Commons.

画面上部を、鷲が翼を広げて占めています。鳥の視点で地上を見下ろすという、名所絵としては前例の少ない構図です。

眼下には雪に覆われた干拓地と海。波間には桶がひとつ浮かんでいます。この桶は、遺体を納めて水葬した早桶だという読み方もあり、鷲が獲物を探しているという解釈につながっています。ただし広重自身が何を意図したかは分かっていません。

十万坪は現在の江東区東陽・千石のあたり。当時の江戸の東端にあたる、埋め立てられたばかりの荒地でした。名所とは呼びにくい場所を、あえてシリーズに入れているところに広重の関心が出ています。

作品データ:名所江戸百景 深川洲崎十万坪/安政4年(1857)閏5月/木版多色摺(大判竪絵)/版元:魚屋栄吉

12.《名所江戸百景 浅草田甫酉の町詣》安政4年(1857)

名所江戸百景 浅草田甫酉の町詣、歌川広重、安政4年(1857)、アメリカ議会図書館所蔵の摺り
名所江戸百景 浅草田甫酉の町詣、歌川広重、安政4年(1857)、アメリカ議会図書館所蔵の摺り。 Public domain, via Wikimedia Commons.

部屋のなかから外を見ている構図です。窓枠に前脚をかけた白猫が、障子越しに田んぼを見ています。遠くには酉の市へ向かう人の列が、点のように連なっています。

ここは吉原。窓辺の手前には簪(かんざし)と手拭いが置かれ、遊女の部屋であることが分かるようになっています。人物を1人も描かずに、そこにいる人の気配だけを残した1枚です。

東京国立博物館の特別展では、この図が第3期(11月25日〜12月20日)の広報図版に使われています。

作品データ:名所江戸百景 浅草田甫酉の町詣/安政4年(1857)11月/木版多色摺(大判竪絵)/版元:魚屋栄吉

広重の見どころ3つ

天気そのものが主題になっている

雨、雪、夕立、霧、月夜。12点のうち8点までが、特定の天候か時刻を条件にしています。名所絵は本来「そこに何があるか」を伝えるジャンルでしたが、広重は「そこがどう見えた瞬間か」に主題を移しました。

版画は同じ版から何百枚も摺れる複製メディアです。移ろって消えるものを、消えない形に固定するという発想が、ここに重なっています。

「広重ブルー」と呼ばれる藍

広重の空と水には、深く澄んだ青が使われます。これはベロ藍(プルシアンブルー)という、当時オランダ経由で輸入された合成顔料です。従来の植物性の藍より鮮やかで褪色しにくく、大量に摺る版画に向いていました。

北斎の《冨嶽三十六景》も同じ顔料を使っています。新しい絵具が入ってきたタイミングと、名所絵ブームが重なったことが、この時代の風景版画を支えていました。なお「広重ブルー」という呼び名自体は後の時代につけられたものです。

近景を大胆に切る構図

《亀戸梅屋舗》の幹、《深川洲崎十万坪》の鷲、《浅草田甫酉の町詣》の猫。いずれも手前のものを画面からはみ出すほど大きく置き、その隙間から遠景を見せています。

この構図は19世紀後半のヨーロッパに渡り、ドガやモネら印象派の画家たちに影響を与えました。額縁のなかに全体を収める西洋絵画の常識に対して、画面の外に続きがあることを前提にした画面設計だったからです。

広重と北斎、そしてゴッホ

北斎と広重はよく比較されます。北斎は37歳年上で、《冨嶽三十六景》は広重の東海道より数年早い。ざっくり分けると、北斎は形と線の人、広重は色と空気の人です。

北斎の波は、水の運動を線で解剖したような造形になります。広重の雨は、線でありながら空気の湿り気を出そうとしています。同じ浮世絵の風景画でも、目指したものが違います。

この違いを見比べたい人には、北斎の記事もあわせてどうぞ。

北斎《神奈川沖浪裏》徹底解説|大波と富士の名画の見どころ・意味・どこで見られるか
【初心者向け】葛飾北斎とは?代表作・特徴・富嶽三十六景の見どころをやさしく解説

ゴッホについては、広重の模写が2点残っています。《亀戸梅屋舗》と《大はしあたけの夕立》。どちらも1887年、パリ時代の作です。ゴッホが浮世絵から何を受け取ったのかは、彼の代表作を通しで見るとよく分かります。

ゴッホ代表作13選|星月夜・ひまわりの見どころと「どこで見られる」のか美術館一覧

広重の作品はどこで見られる?

浮世絵は光に弱く、常設展示ができません。所蔵していても、出ているとは限らない。ここが油彩の名画と大きく違うところです。広重を見に行くなら、企画展の会期に合わせる必要があります

東京国立博物館「歌川広重 江戸のベストアングル」(2026年9月29日〜12月20日)

2026年に関しては、ここが本命です。内山晋(1893〜1980)氏の旧蔵浮世絵1,025点を受贈したことを記念する特別展で、東博では初となる本格的な広重展になります。

東京国立博物館 本館
東京国立博物館 本館。東京都台東区上野公園13-9。2024年3月撮影。Nurg, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons. ※本記事の作品画像とは別の、美術館外観の参考写真です。

会期は3期に分かれ、展示作品がすべて入れ替わります。

  • 1期(9月29日〜10月25日):「東海道五拾三次」全点
  • 2期(10月27日〜11月23日):「木曽海道六拾九次」全点
  • 3期(11月25日〜12月20日):「名所江戸百景」全点

会場は本館A室。観覧料は一般1,500円(前売1,300円)、大学生500円。事前予約は不要です。3期すべてを回れる3枚セット券が3,600円で、これは前売・オンライン限定になっています。1枚につき1名1回限り有効で、1期に3枚まとめて使うこともできます。

前売券の販売は9月28日まで。電子チケットはアソビュー!以外のプレイガイドでは扱っていません。三大シリーズをまとめて見られる機会は国内外でもほとんど例がないので、行くつもりがあるなら早めに押さえておく価値があります。

公式サイト:特別展「歌川広重 江戸のベストアングル」|東京国立博物館

中山道広重美術館(岐阜県恵那市)

「木曽海道六拾九次之内」を軸にした美術館。2026年8月27日から9月27日まで、開館25周年記念の特別展観として、このシリーズを渓斎英泉の着手から広重の完結まで作画時期順に展示します。一般820円。

2027年3月末までは毎週水曜と金曜が観覧無料。9月21日は開館記念日で終日無料です。10月1日からは「生誕200年記念 二代広重」展が続きます。

公式サイト:中山道広重美術館

太田記念美術館(東京・原宿)

浮世絵専門の美術館で、広重・北斎・国芳など約15,000点を所蔵します。2026年4月には「歌川広重「名所江戸百景」最後の挑戦」で全120点を公開しました(会期は終了)。

常設展示は行っていないため、広重が出ているかは企画展次第です。訪問前にスケジュールを確認してください。

公式サイト:太田記念美術館

静岡市東海道広重美術館(静岡市清水区由比)— 現在休館中

東海道の宿場・由比宿の本陣跡にある、広重の名を冠した日本で最初の美術館です。保永堂版・隷書東海道・行書東海道の3種を揃えて所蔵しています。

ただし設備入替工事のため2026年6月1日から2027年3月末まで長期休館中で、再開館は2027年4月初旬の予定です。訪問を計画している人は注意してください。

公式サイト:静岡市東海道広重美術館|静岡市

すみだ北斎美術館(東京・墨田区)

2026年6月23日から8月30日まで、開館10周年記念「北斎 広重 ふたりの富士、それぞれの富士」を開催中。北斎の「冨嶽三十六景」全点と、広重の「冨士三十六景」全点・「不二三十六景」が並びます。

会期の残りが短いため、この記事ではチケットの案内を置いていません。行くなら会期を確認のうえ直接どうぞ。

公式サイト:開館10周年記念 北斎 広重 ふたりの富士、それぞれの富士|すみだ北斎美術館

手元で見るなら

浮世絵は展示期間が限られるうえ、シリーズを通しで見られる機会はさらに稀です。順番に並べて何度も眺めたいなら、本のほうが向いています。

まとめ

歌川広重の代表作を12点、制作年順に見てきました。

  • 《東海道五拾三次》(1833〜35頃):37歳の広重を一躍人気絵師にした55図。日本橋・箱根・蒲原・庄野
  • 《近江八景》(1834頃):伝統的な画題を1本の松で処理した唐崎夜雨
  • 《木曽海道六拾九次》(1836〜37頃):英泉から引き継いだ連作の洗馬
  • 《月に雁》:名所絵だけではない、花鳥画の広重
  • 《名所江戸百景》(1856〜58):最晩年の120枚。近景を大きく切る構図の実験

通して見ると、広重が一貫して追いかけていたものが浮かんできます。雨が降っている、雪が積もっている、月が出ている。そのときにしか成立しない見え方を、版画という繰り返せる形に置き換えること。名所絵という枠のなかで、この人はずっとそれをやっていました。

2026年秋の東京国立博物館は、三大シリーズを全点まとめて見られるという意味で、しばらく来ないだろう機会です。前売券の販売は9月28日まで。会期は12月20日までですが、3期で作品がすべて入れ替わるので、どのシリーズを見たいかで訪問日を決めることになります。

広重の個別作品や東海道五十三次の全図解説は、この先の記事で扱う予定です。

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