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日本でゴッホが見られる美術館12選|ひまわり・ばら・ドービニーの庭を制作年順にたどる

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ゴッホ ひまわり 1888年 SOMPO美術館 日本で見られるゴッホ作品

実はゴッホの絵を見るには、アムステルダムかパリまで行かなくても、日本でも多くのゴッホに出会えます。本記事は日本でゴッホ作品に出会える場所を紹介します。

調べてみると、日本国内の12の美術館が、あわせて約20点のゴッホ作品を持っています。しかも制作年順に並べると、1883年の農民画から1890年の絶筆前まで、ゴッホの画業10年がほぼ一周します。国内だけで、暗い土の色から炎のような色彩へ向かう変化を追えます。

この記事では、作品を制作年順に並べて12館を巡ります。あわせて、旅行の前に確認してほしいことも書きました。

目次

なぜ日本には「暗いゴッホ」が多いのか

国内の12館を並べて気づくのは、1883〜1885年の農民画が5点も集まっていることです。ひまわりや星月夜のイメージからすると意外な偏りに見えます。

理由の一つは価格です。ゴッホの最盛期の作品は20世紀のうちに欧米の主要美術館へ入ってしまい、市場にほとんど出てきません。一方、暗く地味な初期作は評価が遅れ、日本の企業や財団がコレクションを始めた1970〜80年代にも手が届く範囲にありました。

結果として日本には、世界的には人気が低く、ゴッホを理解するには欠かせない時期の作品が集まりました。派手ではないけれど、これはこれで面白い偏りだと思います。

先に伝えたいこと。「所蔵している」と「今行けば見られる」は別

この手の記事でいちばん抜けやすいのがここです。美術館が所蔵していても、その日に展示されているとは限りません

たとえば広島県のウッドワン美術館は《農婦》を持っていますが、絵画の常設展はなく、企画展ごとに所蔵品を入れ替えています。2026年度にゴッホを出していたのは春季展「Timeless art ―岸田劉生、ファン・ゴッホ―」で、会期は6月28日に終わりました。現在は別の企画展で、12月7日からは冬期休館に入ります。

山形美術館のゴッホも、吉野石膏コレクションからの寄託です。このコレクションは全国の展覧会への貸出が多く、山形にない時期があります。福島の諸橋近代美術館は冬期休館があり、通年開館ではありません。

目当ての1点があるなら、行く前に公式サイトの展示リストを見るか、電話で確認する。これだけで空振りを防げます。

1883〜1885年:まだ暗かった、農民画家の時代

ゴッホが画家になると決めたのは1880年、27歳のとき。最初の5年間に描いたのは、ひまわりでも星空でもなく、土を耕す農民でした。この時期の作品が、日本に集中しています。

和泉市久保惣記念美術館《耕す人》1883年

大阪府和泉市の市立美術館。国宝2点を含む東洋古美術の館ですが、西洋美術専用の常設展示室があり、ゴッホの初期作品を3点所蔵しています。

《耕す人》はゴッホ30歳の作。ミレーに強く影響された時期で、暗く沈んだ色のなかに、土を掘る男の背中だけが浮かびます。

ハーグで、伯父にあたるハーグ派の画家アントン・マウフェから指導を受けていた頃の作品と考えられています。ゴッホはこの時期、油絵具の扱いに苦手意識を持っていて、素描を中心に描いていました。

作品データ:耕す人/1883年/和泉市久保惣記念美術館(デジタルミュージアム

耕す人 ゴッホ 1883年 和泉市久保惣記念美術館
フィンセント・ファン・ゴッホ《耕す人》1883年、和泉市久保惣記念美術館蔵。※図版によって色調が異なって見える場合があります。Public domain, via Wikimedia Commons.

山形美術館《雪原で薪を運ぶ人々》1884年

吉野石膏コレクションからの寄託作品。夕暮れの雪原を、薪を背負った農民の一家が横一列に歩いていきます。沈んでいく太陽の赤だけが、画面のなかで唯一あたたかい色です。

展覧会によっては《雪原で薪を集める人々》と表記されることもあります。同じ作品です。

雪原で薪を運ぶ人々 ゴッホ 1884年 山形美術館 吉野石膏コレクション
フィンセント・ファン・ゴッホ《雪原で薪を運ぶ人々》1884年、吉野石膏コレクション(山形美術館寄託)。Public domain, via Wikimedia Commons.

諸橋近代美術館《座る農婦》1884-85年

福島県北塩原村、裏磐梯の五色沼のそば。サルバドール・ダリを約340点持つ館として知られますが、ゴッホも1点あります。

白い帽子を巻いた農婦が、硬い表情でこちらを見ています。固く結んだ手に、モデルになることへの緊張が出ている。《馬鈴薯を食べる人たち》を仕上げるために描かれた習作の一枚とされます。

作品データ:座る農婦/1884-1885年/油彩・カンヴァス・板/諸橋近代美術館(コレクション

座る農婦 ゴッホ 1884-85年 諸橋近代美術館
フィンセント・ファン・ゴッホ《座る農婦》1884-1885年、諸橋近代美術館蔵。Public domain, via Wikimedia Commons.

ウッドワン美術館《農婦》1884-85年

広島県廿日市市、標高600mの西中国山地にある美術館。この《農婦》には数奇な経歴があります。1979年のロンドンでのオークション以来行方が分からなくなり、2003年に日本のオークションへ洋画家・中川一政のコレクションとして出品され、ファン・ゴッホ美術館の鑑定で真作と判定されました。

1950年代に2度修復された際、頭部の荒い筆致が損なわれた部分があります。同館は2011年に科学調査を行い、加筆前の姿を復元しています。

農婦 ゴッホ 1884-85年 ウッドワン美術館
フィンセント・ファン・ゴッホ《農婦》1884-1885年、ウッドワン美術館蔵。Public domain, via Wikimedia Commons.

東京富士美術館《鋤仕事をする農婦のいる家》1885年

東京都八王子市。オランダ時代の集大成《馬鈴薯を食べる人たち》の翌月、1885年6月に描かれた作品です。

ゴッホはテオへの手紙に「きれいな荒野の農家」を探していると書いていて、本作はそこで言及された一枚とされます。画面いっぱいの農家が、地面に根を張るように重い。

作品データ:鋤仕事をする農婦のいる家/1885年6月/油彩・カンヴァス/30.5×40.0cm/東京富士美術館(収蔵品詳細

なお同館の収蔵品ページは、2026年8月時点でこの作品を「貸出中」と表示しています。他館の展覧会に出ているということです。冒頭に書いた「所蔵と展示は別」が、公式サイト上ではっきり確認できる例です。

鋤仕事をする農婦のいる家 ゴッホ 1885年 東京富士美術館
フィンセント・ファン・ゴッホ《鋤仕事をする農婦のいる家》1885年、東京富士美術館蔵。Public domain, via Wikimedia Commons.

旅の前に、画業の流れをつかんでおく

国内12館は制作年順に並べると意味が出ますが、そのためには「ゴッホの10年」の全体像が頭に入っていた方がいい。薄い入門書を1冊読んでおくと、目の前の1点がどこに位置するのかが分かります。

『もっと知りたいゴッホ 改訂版』圀府寺司(東京美術)

2025年7月刊/96ページ/ISBN 9784808713355

1886〜1887年:パリで、色が変わる

アーティゾン美術館《モンマルトルの風車》1886年

東京・京橋。ゴッホは1886年の早春にパリへ出て、弟テオとモンマルトルの丘の中腹で暮らし始めます。アパルトマンのすぐ近くにあったダンス場「ムーラン・ド・ラ・ギャレット」の風車を、角度を変えて何度も描きました。

故郷オランダを思い出させる風車を選びながら、色はもうオランダ時代のものではありません。パリに来て数か月で、パレットが明るくなっている。

モンマルトルの風車 ゴッホ 1886年 アーティゾン美術館
フィンセント・ファン・ゴッホ《モンマルトルの風車》1886年、石橋財団アーティゾン美術館蔵。Public domain, via Wikimedia Commons.

同館はほかに《鰊》《花》(ともに1886年頃)とエッチング《ガッシェの像》(1890年)も所蔵し、国内最多の4点を持ちます。

鰊 燻製ニシンとニンニクのある静物 ゴッホ 1886年 アーティゾン美術館
フィンセント・ファン・ゴッホ《鰊》(燻製ニシンとニンニクのある静物)1886年頃、石橋財団アーティゾン美術館蔵。Public domain, via Wikimedia Commons.
ガッシェの像 エッチング ゴッホ 1890年
フィンセント・ファン・ゴッホ《ガッシェの像(パイプをくわえた男)》1890年。ゴッホが遺した唯一のエッチングで、各地の美術館が刷りを所蔵しています。図版はワシントン・ナショナル・ギャラリー本。アーティゾン美術館も1点を所蔵。CC0, via Wikimedia Commons.

作品データ:モンマルトルの風車/1886年/油彩・カンヴァス/48.2×39.5cm/石橋財団アーティゾン美術館(コレクション

アーティゾン美術館 外観 東京 京橋
アーティゾン美術館(東京都中央区京橋)。2023年撮影。 Arne Vogel, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons。※本記事の作品画像とは別の、美術館外観の参考写真です。

メナード美術館《石膏トルソ(女)》1887-88年

愛知県小牧市、日本メナード化粧品が運営する美術館。ゴッホを2点持っています。パリ時代の《石膏トルソ(女)》と、サン=レミ期の《一日の終り(ミレーによる)》。後者は同館が選ぶ代表10点に入っています。

《一日の終り(ミレーによる)》はミレーの版画をもとに描き直した作品です。初期にミレーを模写していた男が、10年後、療養院のなかでもう一度ミレーに戻ってきた。そう思って見ると印象が変わります。

サン=レミ期のゴッホは外に出られない日が多く、手元にあった複製版画を「楽譜を演奏するように」描き直していました。模写というより、自分の色で弾き直した演奏に近い。

一日の終り ミレーによる ゴッホ 1889-90年 メナード美術館
フィンセント・ファン・ゴッホ《一日の終り(ミレーによる)》1889-1890年、メナード美術館蔵。Public domain, via Wikimedia Commons.

1888〜1889年:アルルとサン=レミ

SOMPO美術館《ひまわり》1888年

東京・西新宿。日本でいちばん有名なゴッホは、たぶんこれです。連作7点の違いは《ひまわり》の記事で詳しく書きました。

ひまわり フィンセント・ファン・ゴッホ SOMPO美術館
フィンセント・ファン・ゴッホ《ひまわり》1888年、SOMPO美術館蔵。Public domain, via Wikimedia Commons.

7点あるとされる《ひまわり》の連作のうちの1点。1987年に安田火災海上保険(当時)が約58億円で落札し、日本にやってきました。

作品データ:ひまわり/1888年/油彩・キャンヴァス/100.5×76.5cm/SOMPO美術館収蔵(損害保険ジャパンより寄託、収蔵No. LO0175)(収蔵品検索

同館は「当館の常設展示はゴッホの《ひまわり》のみ」と明記しています。企画展の会期中でも、この1点は基本的に見られる。国内のゴッホのなかで、いちばん確実に会える作品です。

SOMPO美術館 外観 東京 西新宿
SOMPO美術館(東京都新宿区西新宿)の外観。2023年撮影。鋸香具師, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons

ポーラ美術館:油彩3点で「移動」が見える

神奈川県箱根町。国内で唯一、アルル・サン=レミ・オーヴェールの3時期を1館で見比べられる館です。

《ヴィゲラ運河にかかるグレーズ橋》1888年(アルル)、《草むら》1889年(サン=レミ)、《アザミの花》1890年(オーヴェール)。最後の3年で、ゴッホの筆がどう変わったかが並びます。

《ヴィゲラ運河にかかるグレーズ橋》は、アルルに着いたばかりの頃の作品。南仏の光を浴びて、色がはっきり分かれています。《草むら》はサン=レミの療養院で、足元の草だけを画面いっぱいに描いたもの。遠景がなく、視線がどこにも逃げられません。

《アザミの花》はオーヴェール期。同じ画家が2年でここまで変わるのかと思います。1館で3年分の変化を追えるのは、日本ではポーラ美術館だけです。

ヴィゲラ運河にかかるグレーズ橋 ゴッホ 1888年 ポーラ美術館
フィンセント・ファン・ゴッホ《ヴィゲラ運河にかかるグレーズ橋》1888年、ポーラ美術館蔵。Public domain, via Wikimedia Commons.
草むら ゴッホ 1889年 ポーラ美術館
フィンセント・ファン・ゴッホ《草むら》1889年、ポーラ美術館蔵。Public domain, via Wikimedia Commons.
アザミの花 ゴッホ 1890年 ポーラ美術館
フィンセント・ファン・ゴッホ《アザミの花》1890年、ポーラ美術館蔵。※現存する画像データが小さいため、他の図版より小さく表示しています。Public domain, via Wikimedia Commons.

国立西洋美術館《ばら》1889年

東京・上野。松方コレクションの1点です。

ばら フィンセント・ファン・ゴッホ 国立西洋美術館
フィンセント・ファン・ゴッホ《ばら》1889年、国立西洋美術館蔵(松方コレクション)。Public domain, via Wikimedia Commons.

花瓶の静物ではなく、地面に咲いたばらの茂みを、しゃがみ込むような近さで描いています。サン=レミの療養院の庭に咲いていたばらです。

発作と発作のあいだ、外に出ることを許された日に描かれたもの。33×41.3cmと小さく、上野の常設展示室でも見落としやすい1点ですが、画面いっぱいの緑が静かに揺れている。

作品データ:ばら/1889年/油彩・カンヴァス/33×41.3cm/国立西洋美術館(松方コレクション、P.1959-0193)

国立西洋美術館 外観 東京 上野 ル・コルビュジエ
国立西洋美術館 本館(東京都台東区上野公園)。ル・コルビュジエ設計、2018年撮影。 Kakidai, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons。※本記事の作品画像とは別の、美術館外観の参考写真です。

笠間日動美術館《サン=レミの道》1889-90年

茨城県笠間市。銀座の老舗洋画商・日動画廊の創業者夫妻が1972年に開いた美術館です。

療養中に外出を許され、療養院近くの道を描いたと推測される一枚。左に立つのはオリーブの木で、サン=レミ期のゴッホが繰り返し主題にしたものです。33.5×41.2cm。

サン=レミの道 ゴッホ 1889-90年 笠間日動美術館
フィンセント・ファン・ゴッホ《サン=レミの道》1889-1890年、笠間日動美術館蔵。Public domain, via Wikimedia Commons.

1890年:最後の70日

ひろしま美術館《ドービニーの庭》1890年

ゴッホがオーヴェール=シュル=オワーズで過ごしたのは、亡くなるまでの約70日間。この作品は、死の2週間ほど前に描かれています。バルビゾン派の画家ドービニーの邸宅の庭です。

ドービニーの庭 フィンセント・ファン・ゴッホ ひろしま美術館
フィンセント・ファン・ゴッホ《ドービニーの庭》1890年、ひろしま美術館蔵。Public domain, via Wikimedia Commons.

作品データ:ドービニーの庭/1890年7月/油彩・カンヴァス/53.2×103.5cm/ひろしま美術館

ひろしま美術館 外観 広島市中区
ひろしま美術館(広島市中区基町)の正面入口。2017年撮影。 そらみみ, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons。※本記事の作品画像とは別の、美術館外観の参考写真です。

消された黒猫

同じ構図の《ドービニーの庭》が、スイスのバーゼルにもう1点あります。並べると違いが分かります。

ドービニーの庭 バーゼル版 黒猫 フィンセント・ファン・ゴッホ
比較用:《ドービニーの庭》バーゼル版。画面左下に黒猫、右下に「le jardin de Daubigny」の署名がある。1890年。Public domain, via Wikimedia Commons.

バーゼル版には、画面左下の芝生を横切る黒猫がいます。ひろしま版にはいません。長いあいだ、なぜ猫がいないのかは分かっていませんでした。

2008年、吉備国際大学の下山進氏らが蛍光X線分析による元素マッピングを行い、ひろしま版にも黒猫が描かれていたことを突き止めます。ゴッホの死後、1901年頃に画家エミール・シェフネッケルが加筆した際に塗りつぶされたという説が有力です。1900年に撮影された写真には、まだ猫が写っていました。

絵の前に立って左下を見ても、猫はいません。いない、ということを知って見る。これが、この作品を実物で見る意味だと思います。

行く前に確認したい3つのこと

  • 展示中かどうか:公式サイトの展示作品リスト、または電話で確認する。所蔵=展示ではありません。
  • 開館期間:諸橋近代美術館とウッドワン美術館には冬期休館があります。
  • 貸出中でないか:吉野石膏コレクション(山形美術館)など、他館の展覧会へ貸し出される作品があります。

日本でゴッホが見られる12館

制作年作品美術館
1883耕す人 ほか3点和泉市久保惣記念美術館(大阪)
1884雪原で薪を運ぶ人々山形美術館(山形・寄託)
1884-85座る農婦諸橋近代美術館(福島)
1884-85農婦ウッドワン美術館(広島)
1885鋤仕事をする農婦のいる家東京富士美術館(東京・八王子)
1886モンマルトルの風車 ほか3点アーティゾン美術館(東京・京橋)
1887-90石膏トルソ(女)/一日の終りメナード美術館(愛知・小牧)
1888ひまわりSOMPO美術館(東京・西新宿)
1888-90油彩3点ポーラ美術館(神奈川・箱根)
1889ばら国立西洋美術館(東京・上野)
1889-90サン=レミの道笠間日動美術館(茨城)
1890ドービニーの庭ひろしま美術館(広島)

見た1点を、全体のなかに置き直す

日本で見られるのはゴッホの全画業のごく一部です。実物を見たあとに作品集を開くと、あの日見た1点の前後に何があったのかが分かります。

『ゴッホ作品集』冨田章(東京美術)

2021年2月刊/192ページ/ISBN 9784808711955

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まとめ

日本にあるゴッホは、有名作の寄せ集めではありません。1883年の《耕す人》から1890年の《ドービニーの庭》まで、一人の画家が10年でどこまで変わったかを追える並びになっています。

暗い土の色から始まって、パリで明るくなり、アルルで燃えて、最後のオーヴェールに着く。その道筋が、大阪から福島まで散らばって置かれている。

まずはSOMPO美術館の《ひまわり》か、上野の《ばら》から。どちらも常設で会える可能性が高い1点です。

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