ルノワール《浴女たち》徹底解説|晩年の集大成、モデル・意味・見どころ・どこで見られるか

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ルノワール《浴女たち》1918-1919年 オルセー美術館蔵

ルノワールの《浴女たち》は、画家が亡くなる直前の1918〜1919年に描いた大作です。若いころの《ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会》のようなパリの現代生活ではなく、南仏の自然のなかに、豊かな裸婦たちがゆったりと横たわっています。

一見すると穏やかな裸婦画ですが、この作品には約50年にわたるルノワールの画業が詰まっています。印象派で身につけた色彩、1880年代に学び直した古典的な人体表現、そして晩年まで失わなかった「描く歓び」。オルセー美術館が本作を「絵画的遺言」と位置づけているのは、そのためです。

ルノワール《浴女たち》1918-1919年 オルセー美術館蔵
ピエール=オーギュスト・ルノワール《浴女たち》1918-1919年、オルセー美術館蔵。撮影:Sailko。CC BY 3.0, via Wikimedia Commons.

この記事では、《浴女たち》に描かれた人物と風景、モデル、見どころ、若いころの裸婦との違い、《大水浴図》との違いまで順に解説します。そして最後に、この作品を2026年に東京で実物鑑賞できる機会についても紹介します。

ルノワールの生涯や画風全体から知りたい方は、先にルノワールは何がすごい?「幸福の画家」と呼ばれる5つの理由を読むと、この最晩年の作品の位置づけが分かりやすくなります。

目次

ルノワール《浴女たち》とは?まず押さえたい基本情報

作品名《浴女たち》(Les Baigneuses)
画家ピエール=オーギュスト・ルノワール
制作年1918〜1919年
技法油彩・カンヴァス
サイズ110 × 160cm
所蔵オルセー美術館(パリ)
制作地南フランス、カーニュ=シュル=メールの「レ・コレット」

ルノワールは1919年12月3日に78歳で亡くなりました。《浴女たち》はその死の直前まで取り組んでいた作品です。オルセー美術館によれば、1910年ごろからルノワールは再び「戸外の裸婦」という主題に強く取り組み、大きなカンヴァスを使うようになりました。その到達点が本作です。

1923年には、ピエール、ジャン、クロードの3人の息子が作品をフランス国家へ寄贈しました。画家の死からわずか4年後です。家族にとっても、《浴女たち》が父ルノワールの最後の大作を象徴する作品だったことがうかがえます。

何が描かれている?|南仏の「現実」からつくられた理想郷

画面手前には、2人の裸婦が大きく横たわっています。さらに奥の水辺には3人の女性。全部で5人の浴女が描かれています。

舞台になったのは、ルノワールが晩年を過ごした南フランス、カーニュ=シュル=メールの自宅兼アトリエ「レ・コレット」の庭です。オルセー美術館によれば、手前の2人と奥の3人は、オリーブの木が茂るこの広い庭で実際にポーズを取りました。

ただし、完成した絵は現実の庭をそのまま写した風景ではありません。服装も建物も、20世紀初頭を示すものは画面から消されています。ルノワールが目指したのは、「いつ、どこ」と特定できない、時間の外側にある自然でした。

若いころのルノワールは、ダンスホール、カフェ、ピアノを弾く少女など、自分と同時代の生活を描いています。それに対して《浴女たち》には、近代都市の気配がありません。晩年のルノワールは、目の前の南仏の風景から出発しながら、古代ギリシャやルネサンス絵画を思わせる「永遠の楽園」へ変えていったのです。

モデルは誰?|アンドレ・ウシュリングと晩年のルノワール

《浴女たち》を考えるうえで重要なのが、ルノワール晩年のモデルアンドレ・ウシュリング(Andrée Heuschling、1900-1979)です。「デデ」の愛称でも呼ばれ、のちにカトリーヌ・エスランという芸名で映画女優になります。

1918年のカーニュ=シュル=メール。車椅子のルノワールと、右端に立つモデルのアンドレ・ウシュリングら
1918年、カーニュ=シュル=メール。中央前がルノワール、右端がアンドレ・ウシュリング。ほかにマティスらが写っています。撮影者不詳。Public domain, via Wikimedia Commons

オルセー美術館によると、アンドレとルノワールが出会ったのは1915年ごろ。ルノワールは74歳前後、アンドレはまだ14〜15歳ほどでした。彼女はニースの装飾美術学校でモデルをしており、ルノワールの晩年を代表するモデルのひとりになりました。同館は《浴女たち》を含む最後期の傑作に、アンドレが重要な着想を与えたと紹介しています。

この時期のルノワールは、関節炎による強い痛みに加え、1915年に妻アリーヌを亡くし、第一次世界大戦では息子たちも負傷するという厳しい状況にありました。そのなかで、若いモデルの生命感は晩年の制作を支える大きな存在になっていきます。

さらにアンドレは後に、ルノワールの次男で映画監督となったジャン・ルノワールと結婚します。父の最後のモデルが、息子の最初期の映画で主演女優になる。ルノワール家では、絵画と映画がアンドレという一人の人物を介してつながりました。

《浴女たち》の見どころ5つ

1. 人物が風景に溶ける、赤と緑の色彩

まず見てほしいのが色です。女性たちの肌は、単純な「肌色」ではありません。赤、ピンク、橙、黄色が重なり、背景には緑や青、紫が置かれています。

輪郭線もはっきり閉じられていません。腕や脚の端は、ところどころ背景の色に溶けています。そのため人体と自然が別々に存在するのではなく、同じ温かな空気のなかでつながって見えます。

2. 現代の女性ではなく「永遠の裸婦」を描いた

《ムーラン・ド・ラ・ギャレット》なら服装から1870年代のパリだと分かります。しかし《浴女たち》には時代を示すものがありません。

オルセー美術館は、この作品について「現代世界への言及をすべて排した、時を超えた自然」を描いたと説明しています。ルノワールは日常を観察する印象派から出発しながら、最後には古代やルネサンスへ通じる普遍的な人体を目指しました。

3. ティツィアーノとルーベンスの裸婦が重なっている

晩年のルノワールが強く敬愛したのが、ヴェネツィア・ルネサンスのティツィアーノと、バロックの巨匠ルーベンスです。

細く理想化された身体ではなく、重さと柔らかさを感じる豊かな肉体。温かな赤を中心にした色彩。オルセー美術館も、《浴女たち》にはこの二人の巨匠の裸婦が強く反映されているとしています。

ルノワールは印象派を否定して古典へ戻ったのではありません。印象派で身につけた「色」と、古典絵画から学んだ「人体」を最後にひとつへまとめた。そこがこの作品の重要なところです。

4. 痛みのなかで描かれたのに、絵には苦痛がない

車椅子に座って制作する晩年のルノワール 1914年頃
車椅子に座って制作する晩年のルノワール。1914年頃。Public domain, via Wikimedia Commons

晩年のルノワールは重い関節炎を患い、車椅子で制作していました。それでも《浴女たち》には痛みや老いを直接示すものはありません。

むしろ描かれているのは、若い身体、地中海の光、緑豊かな自然です。オルセー美術館は、この作品には病と苦痛にも負けなかった「描く歓び」が表れていると説明しています。

ルノワールがなぜ最後まで明るい絵を描いたのかは、「幸福の画家」と呼ばれる理由を解説した記事で、本人の言葉や晩年の人生とあわせて詳しく紹介しています。

5. 亡くなる直前に到達した「絵画的遺言」

ルノワールは1919年12月に亡くなりました。《浴女たち》は、その直前の1918〜1919年の作品です。

だからといって「最後に描いた一枚」という意味だけで重要なのではありません。若いころから追い続けた光と肌、1880年代に苦闘した人体の輪郭、古典絵画への憧れ、南仏で見つけた自然。それらが最後に一つの画面へまとまっています。

ルノワールが50年以上かけて考えてきた「人間の身体をどう描くか」への最後の答え。そう考えると、オルセー美術館が「絵画的遺言」と呼ぶ意味が見えてきます。

《大水浴図》とは別の作品|約30年でどう変わった?

ルノワール《大水浴図》1884-1887年 フィラデルフィア美術館蔵
ピエール=オーギュスト・ルノワール《大水浴図》1884-1887年、フィラデルフィア美術館蔵。Public domain, via Wikimedia Commons.

ルノワールには、よく似た日本語タイトルで紹介される《大水浴図(The Great Bathers)》という別作品があります。こちらは1884〜1887年、フィラデルフィア美術館所蔵。《浴女たち》より約30年前の作品です。

ルノワール《大水浴図》人物部分の拡大
《大水浴図》1884〜1887年
輪郭がはっきりし、肌と背景が分かれて見える。人物は彫刻のように硬く、形を線で確かめるように描かれています。
ルノワール《浴女たち》人物部分の拡大
《浴女たち》1918〜1919年
輪郭がやわらぎ、赤やピンクの肌が緑や青の背景へ溶ける。線よりも色と筆触で身体の量感をつくっています。

左右を見比べると違いはかなりはっきりします。《大水浴図》では肩や腕、腰の境界が線として読めるのに対し、《浴女たち》では輪郭そのものが周囲の色へほどけています。「形を線でつくる」1880年代から、「色のまとまりで身体をつくる」晩年へ。約30年の変化を、この部分拡大で確認できます。

《大水浴図》《浴女たち》
制作年1884〜1887年1918〜1919年
所蔵フィラデルフィア美術館オルセー美術館
人物輪郭が硬く彫刻的輪郭が柔らかく風景に溶ける
色彩比較的抑制されている赤・ピンクを中心に豊か
意味印象派から古典へ向かう試行錯誤古典と印象派を融合した晩年の到達点

《大水浴図》では人物の輪郭を線で囲うように描き、人体は彫刻のように硬く見えます。フィラデルフィア美術館によれば、ルノワールはこの作品に約3年を費やし、多数の準備素描を重ねました。

一方、約30年後の《浴女たち》では輪郭が再びゆるみ、人物と風景が色彩で溶け合っています。1880年代の苦闘が無駄になったのではなく、その経験を通過したからこそ、晩年には形を保ちながら柔らかく描くことができるようになったと考えると、2作品の違いが分かりやすくなります。

《大水浴図》を含むルノワールの画風の変化は、ルノワール代表作10選で制作年順に比較しています。

若いころの裸婦と比べると、40年以上の変化が見える

ルノワール《陽光のなかの裸婦》1876年頃 オルセー美術館蔵
《陽光のなかの裸婦(エチュード、トルソ、光の効果)》1876年頃、オルセー美術館蔵。Public domain, via Wikimedia Commons

1876年頃の《陽光のなかの裸婦》では、ルノワールは肌に落ちる一瞬の光を追っています。青や緑、紫の影が肌の上で細かく揺れ、戸外の光をどう色に変えるかが最大の関心でした。

それから40年以上後の《浴女たち》では、瞬間的な光よりも、人体そのものの重さと生命感が前面に出ています。

若いルノワールは「肌に当たる光」を描き、晩年のルノワールは「身体そのものが持つ生命」を描いた。同じ裸婦という主題を並べると、画家が長い時間をかけて何を変え、何を残したのかがよく分かります。

《浴女たち》はどこで見られる?|2026年、東京へ

《浴女たち》は通常、パリのオルセー美術館が所蔵しています。しかし2026年11月14日から、この作品が東京・上野の東京都美術館にやってきます。

展覧会は「オルセー美術館所蔵 いまを生きる歓び」。会期は2026年11月14日(土)〜2027年3月28日(日)です。オルセー美術館所蔵の絵画・彫刻・工芸・写真など約110点が来日し、《浴女たち》のほか、ミレー《落穂拾い》、ゴッホ《星月夜》、ゴーガン《アレアレア》なども出品されます。

画像では、肌の赤やピンクがひとつの色面のように見えます。しかし実物では、絵具の重なり、筆触、人物と背景の境界がどう溶けているかまで確認できます。今回の展覧会で僕が《浴女たち》を見るなら、手前の裸婦の肌に近づいて色を見たあと、数歩離れて画面全体を見るという見方をしてみたいと思います。

超早割ペア券は9月27日まで
ルノワール最晩年の《浴女たち》を、東京で実物鑑賞
会期は2026年11月14日〜2027年3月28日。一般2枚4,000円の超早割ペア券を販売中です。通常料金2枚4,800円より800円お得で、1人で2回利用することもできます。
※超早割ペア券の利用期間は2026年11月14日〜2027年1月29日です。

出品作品、チケット料金、休室日、超早割の利用期間などは、オルセー美術館展2026|見どころ・作品・チケット情報で詳しくまとめています。

《浴女たち》についてよくある質問

《浴女たち》はルノワールの最後の作品?

「最後に描いた1枚」と断定するより、亡くなる直前の1918〜1919年に制作した最晩年の代表作・集大成と考えるのが正確です。オルセー美術館は「絵画的遺言」と位置づけています。

《浴女たち》のモデルは誰?

晩年の重要なモデルのひとりがアンドレ・ウシュリングです。オルセー美術館は、彼女が《浴女たち》を含む最後期の傑作に着想を与えたとしています。のちにアンドレはルノワールの次男ジャンと結婚し、カトリーヌ・エスランの名で映画女優として活動しました。

《大水浴図》と《浴女たち》は同じ作品?

別作品です。《大水浴図》は1884〜1887年、フィラデルフィア美術館所蔵。《浴女たち》は1918〜1919年、オルセー美術館所蔵です。前者は古典的な輪郭線を試した転換期、後者は古典的な人体と印象派の色彩を融合した晩年の到達点です。

《浴女たち》は日本で見られる?

2026年11月14日〜2027年3月28日に東京都美術館で開催される「オルセー美術館所蔵 いまを生きる歓び」に出品されます。通常はパリのオルセー美術館所蔵です。

まとめ|苦しい晩年の先に描いた、ルノワールの「楽園」

《浴女たち》は、単にルノワールが晩年に描いた裸婦画ではありません。

印象派の色彩、古典絵画から学んだ人体、南仏の自然、そして病や家族の喪失を経験しても失わなかった「描く歓び」。50年以上の画業が、110×160cmの画面に集まっています。

若いころのルノワールが、パリの一瞬の光と人々の幸福を追った画家だったとすれば、晩年の《浴女たち》で描いたのは、時代を超えて続く生命そのものだったのかもしれません。

ルノワールの約50年の変化を作品でたどるならルノワール代表作10選へ。画家本人の生涯や人物像から知りたい方はルノワールは何がすごい?もあわせてどうぞ。

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