ダ・ヴィンチ《美しきフェロニエール》とは?モデルの謎・意味・見どころを徹底解説

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レオナルド・ダ・ヴィンチ 美しきフェロニエール

レオナルド・ダ・ヴィンチといえば、《モナ・リザ》を思い浮かべる人が多いと思います。ただ、ダ・ヴィンチにはもうひとつ、見る人を強く惹きつける女性の肖像画があります。《美しきフェロニエール》です。

暗い背景から浮かび上がる女性。こちらを見ているようで、どこか別の場所を見ているようにも感じられる鋭い視線。《モナ・リザ》の穏やかな微笑みとはまったく違う、不思議な緊張感があります。

そして、この絵には大きな謎が残されています。「この女性はいったい誰なのか」。現在でも、モデルが誰だったのかは確定していません。さらに「美しきフェロニエール」という有名な呼び名にも、複雑な歴史があります。

この記事では、ダ・ヴィンチ《美しきフェロニエール》について、モデルをめぐる謎や名前の意味、作品の見どころ、《モナ・リザ》との違いまで詳しく見ていきます。

なお、《美しきフェロニエール》は2026年に日本初公開。2026年9月9日から東京・国立新美術館で開かれる「ルーヴル美術館展 ルネサンス」で、実物を見ることができます。

目次

《美しきフェロニエール》とは?

《美しきフェロニエール》は、レオナルド・ダ・ヴィンチが1490〜1497年頃に描いたと考えられている女性の肖像画です。現在はフランス・パリのルーヴル美術館に所蔵されています。

レオナルド・ダ・ヴィンチ 美しきフェロニエール 女性の肖像 ルーヴル美術館蔵
レオナルド・ダ・ヴィンチ《女性の肖像(通称:美しきフェロニエール)》1490〜1497年頃、油彩/板(クルミ)、パリ・ルーヴル美術館蔵。Public domain, via Wikimedia Commons.

作品の基本情報をまとめると、次のようになります。

作品名《女性の肖像》、通称《美しきフェロニエール》
作者レオナルド・ダ・ヴィンチ
制作年1490〜1497年頃
技法油彩/クルミ材の板
サイズ高さ約63cm × 幅約45cm
収蔵番号INV 778
所蔵ルーヴル美術館(パリ)

この作品が描かれたのは、ダ・ヴィンチがミラノで活動していた時代です。当時のダ・ヴィンチは、ミラノ公ルドヴィーコ・スフォルツァの宮廷で働いていました。有名な《白貂を抱く貴婦人》も、同じミラノ時代に描かれた肖像画です。

ダ・ヴィンチの真筆と認められている絵画は、現存するもので15点前後しかありません。そのうち5点をルーヴル美術館が所蔵していて、《美しきフェロニエール》はその1点です。

《美しきフェロニエール》を見ると、単に女性の顔や衣装を記録した肖像画ではないことに気づきます。女性の視線や身体の向きによって、まるでその人物が「今そこにいる」ような感覚が生まれています。この生々しい存在感こそ、この作品の大きな魅力です。

モデルの女性はいったい誰?

《美しきフェロニエール》最大の謎が、描かれている女性の正体です。現在もモデルが誰なのかは確定していません

候補として挙げられてきたのが、ルクレツィア・クリヴェッリ、ベアトリーチェ・デステ、イザベラ・ダラゴーナなど、当時のミラノ宮廷に関係する女性たちです。ルーヴル美術館自身も、この3人の名前を候補として紹介しています。

なかでも有力な候補のひとりとされてきたのが、ルクレツィア・クリヴェッリです。彼女はミラノ公ルドヴィーコ・スフォルツァと深い関係にあった女性として知られています。

一方で、ルドヴィーコの妻ベアトリーチェ・デステではないかという説や、ミラノ公ジャン・ガレアッツォ・スフォルツァの妻イザベラ・ダラゴーナとする説などもあり、現在も決着はついていません。

つまり僕たちは、500年以上前に生きた「正体のわからない女性」と向き合っていることになります。そう考えて作品を見ると、その鋭い視線がますます謎めいて見えてきます。

なぜ「美しきフェロニエール」と呼ばれている?

この作品には、名前にも謎があります。

現在ルーヴル美術館は、この絵を「女性の肖像(誤って《美しきフェロニエール》と呼ばれる)」と表記しています。つまり、僕たちがよく知る《美しきフェロニエール》は、本来の作品名ではありません

この呼び名が広まった背景には、別の女性との混同があります。「ラ・ベル・フェロニエール」はもともと、鉄物商(フェロニエ)ル・フェロンの妻で、フランス王フランソワ1世の愛人だったと伝えられる女性を指す通称でした。フランス王室のコレクションが記録されていくなかでその通称がこの絵に結びつき、そのまま定着したとされています。

間違いから広まった名前が、その後あまりにも有名になり、現在まで作品の通称として残っている。作品そのものだけでなく、作品名にも数百年ぶんの美術史が刻まれています。

「フェロニエール」とはどういう意味?

「フェロニエール(ferronnière)」という言葉は、額の中央に宝石などを配した細い帯状の装飾品を指す言葉としても使われます。

実際に作品を見ると、女性の額にも細い装飾があり、その中央には赤い宝石のようなものが見えます。この特徴的なアクセサリーと《美しきフェロニエール》という名前を結びつけて覚えている人も多いかもしれません。

同じミラノ時代に描かれた《白貂を抱く貴婦人》にも、よく似た額の飾りが描かれています。2枚を並べてみると、これが当時のミラノで流行していた装身具だったことが見えてきます。

白貂を抱く貴婦人 レオナルド・ダ・ヴィンチ 額の装飾 フェロニエール
《白貂を抱く貴婦人》1489〜1491年頃、レオナルド・ダ・ヴィンチ、チャルトリスキ美術館蔵(クラクフ国立博物館)。額に細い帯状の装飾が見える。 Public domain, via Wikimedia Commons.

ただし、「このアクセサリーを身につけているから《美しきフェロニエール》と名づけられた」という単純な関係ではありません。現在知られている作品名には、先ほど紹介した別の女性との混同の歴史があります。

作品を見るときはタイトルから人物像を決めつけるより、「本当は誰を描いた肖像なのだろう」と考えながら見るほうが、この作品の奥行きを感じられると思います。

最大の見どころは「視線」

僕がこの作品でまず見てほしいと思うのが、女性の目です。

顔はやや斜めを向いています。しかし目には、顔の向きとは少し異なる動きが感じられます。こちらを見ているようにも見える。でも、完全にこちらを見ているわけでもない。この微妙な視線が、画面の中に独特の緊張感を生んでいます

当時の肖像画では、人物を横から描く横顔の形式も広く使われていました。それに対してダ・ヴィンチは、身体、顔、視線にそれぞれ少しずつ異なる方向性を与えています。

そのため、静止した肖像画でありながら「今、女性がこちらを振り向いた」ような一瞬の動きを感じます。写真が存在しなかった15世紀に、一枚の絵の中へこれほど生々しい瞬間をつくり出しているところに、ダ・ヴィンチのすごさがあります。

《美しきフェロニエール》は2026年、日本で実物を見られる

そして今、この作品を日本で見ることができます。

《美しきフェロニエール》は、2026年9月9日から東京・国立新美術館で開かれる「ルーヴル美術館展 ルネサンス」で日本初公開されます。普段はパリのルーヴル美術館まで行かなければ見ることのできない作品です。

ルーヴル美術館が所蔵するレオナルド・ダ・ヴィンチの絵画が日本で公開されるのは、1974年に東京国立博物館で《モナ・リザ》が公開されて以来、52年ぶり。《美しきフェロニエール》自体は今回が初来日となります。

本展はルーヴル美術館のコレクションから選ばれた50点余りで構成され、「旅」「技法の革新と洗練」「古代へのまなざし」「肖像芸術の隆盛」という4つの章立てになっています。絵画だけでなく、彫刻、版画、素描、工芸まで並びます。

画面で見ると端正な肖像画に感じますが、実物の前ではまず「目」を見てほしいと思います。少し離れて見たり、見る位置を変えたりしながら向き合うと、この女性の視線がなぜ500年以上も人を惹きつけてきたのか、感じられるかもしれません。

「ルーヴル美術館展 ルネサンス」開催情報

展覧会名ルーヴル美術館展 ルネサンス
会期2026年9月9日(水)〜12月13日(日)
会場国立新美術館 企画展示室1E(東京・六本木)
開館時間10:00〜18:00(金・土曜日は20:00まで)※入場は閉館の30分前まで
休館日毎週火曜日。ただし9月22日、11月3日、12月8日は開館、11月4日は休館
観覧料一般 当日2,400円/大学生 当日1,400円/高校生 当日1,000円(中学生以下は無料)
出品点数50点余り
主催国立新美術館、ルーヴル美術館、日本テレビ放送網、読売新聞社、BS日テレ

ひとつ注意点があります。会期末の2026年12月7日(月)から13日(日)は日時指定制になり、通常のチケットでは入場できません。この期間に行く予定なら、別途、日時指定券が必要になります。詳細は展覧会公式サイトで発表されます。

土日と会期末は混みやすいので、落ち着いて《美しきフェロニエール》の前に立ちたいなら、平日か金・土曜日の夜間開館が狙い目です。

《モナ・リザ》と並べて見ると違いがわかる

《美しきフェロニエール》を見るときは、《モナ・リザ》と比べてみると分かりやすいと思います。どちらもダ・ヴィンチが描いた女性の肖像ですが、受ける印象はかなり違います。

ダ・ヴィンチ モナ・リザ ルーヴル美術館蔵 美しきフェロニエールとの比較
《モナ・リザ》レオナルド・ダ・ヴィンチ、1503〜1519年、ルーヴル美術館蔵。Public domain, via Wikimedia Commons.

《モナ・リザ》は、柔らかな表情と謎めいた微笑みで知られています。一方、《美しきフェロニエール》には微笑みがありません。口元は固く結ばれ、むしろ強い意志さえ感じます。

比較《美しきフェロニエール》《モナ・リザ》
制作時期1490〜1497年頃1503年頃〜
背景暗くシンプル広大な風景
表情緊張感がある穏やかで謎めく
視線横方向への動きを感じさせる鑑賞者を見つめるように感じられる
印象意志・知性・緊張静けさ・神秘性

《美しきフェロニエール》は、《モナ・リザ》より10年ほど前に描かれた作品です。ここですでにダ・ヴィンチが「人間の内面をどうすれば肖像画に描けるのか」という問題に取り組んでいたことがわかります。

《美しきフェロニエール》から《モナ・リザ》へ。この流れで見ると、ダ・ヴィンチの肖像画がどのように発展していったのかも見えてきます。《モナ・リザ》については、ダ・ヴィンチ《モナ・リザ》徹底解説で詳しく書きました。

顔を立体的に見せる「光と影」

もうひとつ注目したいのが、顔に当たる光です。背景はほとんど暗闇ですが、そこから女性の額、頬、鼻、あごが浮かび上がっています。

輪郭線をくっきり描いて人物を切り抜くのではなく、明るい部分から暗い部分へ滑らかに変化させることで、顔の立体感をつくっています。

ダ・ヴィンチといえば、輪郭を煙のようにぼかし、光と影を滑らかにつなげる「スフマート」が有名です。この作品でも、単純な輪郭線ではなく、繊細な明暗によって人物を立体的に見せようとするダ・ヴィンチの探究を見ることができます。

さらに作品の調査からは、制作の途中で衣装などに変更が加えられたこともわかっています。完成した絵だけを見ると非常に整っていますが、その下にはダ・ヴィンチが試行錯誤した痕跡が残っています。

画面手前の「柵」にも注目

女性の身体の前には、横方向に一本の仕切りのようなものがあります。これは「パラペット」と呼ばれる低い壁や手すりのようなものです。

一見すると目立たない部分ですが、この作品では重要な役割を果たしています。パラペットがあることで、「女性がいる世界」と「僕たち鑑賞者がいる世界」の間に境界線が生まれるからです。

女性はすぐ近くにいるように感じる。しかし、こちら側には来ない。視線は感じるのに、その心の中まではわからない。この絶妙な距離感が、《美しきフェロニエール》のミステリアスな雰囲気をさらに強くしています。

衣装を見ると当時のミラノ宮廷が見えてくる

女性の衣装にも注目してみましょう。

赤を基調とした豪華なドレス。袖には装飾があり、白い下着がのぞいています。首には細いネックレス、そして額には中央に赤い宝石を配した細い装飾が見えます。

こうした衣装や髪型からは、15世紀末のミラノ宮廷の流行を読み取ることができます。そのため、モデルについて具体的な名前こそ確定していないものの、ミラノ宮廷に近い立場にあった女性だった可能性が考えられています。

肖像画は顔だけを見るものではありません。服、髪型、宝飾品。そこには描かれた人物が生きていた時代の情報が詰まっています。

なぜこの絵はこれほど印象に残るのか

《美しきフェロニエール》は、派手な作品ではありません。背景に壮大な風景が描かれているわけでも、ドラマチックな物語が展開しているわけでもない。描かれているのは、ただひとりの女性です。それなのに、目が離せません。

理由のひとつは、ダ・ヴィンチが「美しい女性」を描くだけではなく、その人物の意識まで描こうとしているように感じられるからではないでしょうか。何を考えているのか。誰を見ているのか。なぜこの表情をしているのか。そして、そもそも彼女は誰なのか。どれもはっきりした答えがありません。

その「わからなさ」が、500年以上経った現在でも鑑賞者に問いかけ続けています。

《美しきフェロニエール》はどこにある?

《美しきフェロニエール》は通常、フランス・パリのルーヴル美術館に所蔵されています。

ルーヴル美術館 外観 ナポレオン広場 ガラスのピラミッド
ルーヴル美術館の外観(パリ1区・ナポレオン広場)。中央のガラスのピラミッドは1989年に完成した来館者用の入口。2010年撮影。Benh LIEU SONG, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons。※本記事の作品画像とは別の、美術館外観の参考写真です。

ルーヴル美術館は《モナ・リザ》をはじめ、《サモトラケのニケ》《ミロのヴィーナス》など、世界美術史を代表する作品を数多く所蔵する美術館です。ダ・ヴィンチ作品についても、真筆15点前後のうち5点を持つ、非常に重要なコレクションを持っています。ルーヴルの全体像はルーヴル美術館とは?有名作品・見どころ完全ガイドにまとめました。

ただし2026年は、《美しきフェロニエール》が日本へやってきています。東京で見られるのは2026年12月13日まで。展覧会の全体像や章構成は、ルーヴル美術館展 ルネサンス2026の見どころで解説しています。

この一枚の背景を、もう少し広い文脈で追いかけたいときに手元にあると助かる本を2冊挙げておきます。図版の大きさと解説の質で、同じ絵がまったく違って見えてきます。

まとめ|《美しきフェロニエール》は「視線」

《美しきフェロニエール》は、レオナルド・ダ・ヴィンチが1490〜1497年頃に描いた女性肖像画の傑作です。

モデルについては、ルクレツィア・クリヴェッリ、ベアトリーチェ・デステ、イザベラ・ダラゴーナなど複数の説がありますが、現在も確定していません。「美しきフェロニエール」という別称にも、後世の混同の歴史があります。

名前もわからない。何を考えているのかもわからない。しかし、その視線には不思議なほど強い存在感があります。

僕が実物を見るなら、まず少し離れた場所から女性の目を見てみたいと思います。そして、少し位置を変えながらもう一度見る。500年以上前に描かれた女性と目が合うような感覚を、本物の作品の前で確かめてみたいです。

《美しきフェロニエール》は、「ルーヴル美術館展 ルネサンス」で2026年9月9日から12月13日まで日本初公開されます。展覧会へ行く予定の人は、この謎めいた「視線」を実物で確かめてみてください。

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