雨に打たれて橋を急ぐ人びと、画面いっぱいに枝を伸ばす梅の古木、窓辺から田んぼを見下ろす一匹の猫。《名所江戸百景》は、歌川広重(1797〜1858年)が亡くなる直前まで描き続けた、江戸の名所絵シリーズです。

一言でいうと、広重が最晩年に江戸の四季と名所を縦長の画面で描き尽くした、生涯最大の揃物(シリーズ作品)です。「百景」という題名ですが、実際には広重の作品118図に、弟子の二代広重による1図と目録1枚を加えた全120枚で構成されています。近くのものを極端に大きく描いて遠くの景色と対比させる大胆な構図は、のちにゴッホが油彩で模写したことでも知られています。
2026年11月25日からは、東京国立博物館の特別展「歌川広重 江戸のベストアングル」3期で、このシリーズが全点公開されます。この記事では、《名所江戸百景》とは何か、なぜ枚数の数え方が分かれるのか、構図の特徴、代表作、ゴッホとの関係、どこで見られるかまでを、展覧会の予習にも使えるように整理しました。
《名所江戸百景》とは?まず押さえたい基本情報
- シリーズ名:名所江戸百景(めいしょえどひゃっけい)。目録の題は「一立斎広重 一世一代 江戸百景」
- 絵師:歌川広重(初代)。一部に二代広重の作品を含む
- 刊行:安政3年(1856)2月に刊行開始。広重が亡くなった安政5年(1858)9月の後まで出版が続いた
- 版元(出版元):魚屋栄吉(うおやえいきち)
- 枚数:全120枚(広重の図118、二代広重の図1、目録1)
- 判型:大判錦絵(木版多色摺り)。すべて縦長の構図
- 題材:江戸市中と郊外の名所、四季の行事、人びとの暮らし
「錦絵」とは、多色摺りの木版画のことです。絵師が下絵を描き、彫師が版木を彫り、摺師が色を重ねて摺る分業で作られていました。《名所江戸百景》は、この彫りと摺りの技術が最も高い水準に達した時期の作品でもあります。広重という絵師そのものについては歌川広重とは?の記事で紹介しています。
なぜ「百景」なのに120枚?118・119・120の違い
検索すると「118図」「119枚」「120図」と、数がばらばらに出てきます。どれも間違いではなく、何を数に入れるかの違いです。
- 118図:広重自身が描いた図の数
- 119枚:118図に、弟子の二代広重が描いた《赤坂桐畑雨中夕けい》を加えた、絵の枚数
- 120枚:さらに、図案家・梅素亭玄魚(ばいそていげんぎょ)がデザインした目録1枚を加えた、シリーズ全体の枚数
中山道広重美術館の解説によると、シリーズは版元の企画で安政3年2月に始まり、評判がよかったため100点に達したあとも制作が続きました。広重の死後には、「広重画」の署名がある3点、玄魚の目録、二代広重の追加作品が出版され、合計120点になっています。
この没後に出た3点については、二代広重の筆が入っているとする説もあります。また二代広重の《赤坂桐畑雨中夕けい》は、シリーズ名を掲げていてもシリーズに含めずに数える場合があります。数字が資料によって違うときは、この2点のどちらを数えているかを見ると整理しやすくなります。
《名所江戸百景》の特徴
1. 近景を極端に大きく描く構図
《名所江戸百景》の構図で最も目立つのが、手前のものを画面からはみ出すほど大きく描き、その向こうに小さく名所を見せる方法です。梅の枝、鷹の翼、窓の格子、牛車の車輪など、近景のモチーフが画面の「枠」になるので、見る人は何かの隙間から江戸をのぞき込んでいるような感覚になります。
同じ広重でも、代表作の《東海道五拾三次》(保永堂版)は横長の画面です。縦長の画面に切り替えたことで、手前と奥の距離が強調され、写真の縦構図のような効果が生まれました。2026年に中山道広重美術館が開いた展覧会は、これを「浮世絵映え」と呼び、スマートフォンの縦長画面に通じる工夫として紹介しています。
2. 春夏秋冬に分けられた江戸の暦
広重の死後に作られた目録では、作品が春・夏・秋・冬の部に分けて並べられています。花見、花火、紅葉狩り、雪景色といった季節の行事と名所を組み合わせているので、シリーズ全体が江戸の1年の暦のようになっています。
描かれた場所は、日本橋や上野、浅草といった定番の名所だけではありません。江戸東京博物館は、それまで名所として取り上げられていなかった場所を多数描いている点も、このシリーズの意欲の表れだと紹介しています。
3. 地震からまもない江戸で描かれた
刊行が始まった安政3年の前年、安政2年(1855)には安政江戸地震が起き、江戸の町は大きな被害を受けていました。それにもかかわらず、シリーズに描かれるのは平穏でにぎやかな江戸の姿です。静岡市東海道広重美術館は、町の復興を目指す人びとを励ます意味もあったのかもしれない、と書いています。制作意図を直接示す記録があるわけではないので、ひとつの見方として受け取るのがよいと思います。
4. 彫りと摺りの技術が頂点に達した時期の作品
東京伝統木版画工芸協同組合は、浮世絵版画の彫りと摺りの技術が最も高い水準に達したのが、ちょうどこのシリーズの刊行された安政3〜5年ごろだったと解説しています。雨の細い線や、空と水面のぼかしは、絵師の下絵だけでなく彫師と摺師の腕によって生まれたものです。
《名所江戸百景》の代表作7選
120枚すべてを紹介すると長くなるので、構図の特徴がよく分かる7点を選びました。「3期出品」とあるものは、東京国立博物館の広重展で出品が発表されている作品です(シリーズ全点公開のため、ほかの作品も3期に並ぶ予定です)。広重のほかのシリーズも含めた代表作は歌川広重 代表作12選にまとめています。
《日本橋雪晴》1856年

雪の晴れ間の日本橋を、上空から見下ろした1枚です。川には魚河岸の舟が並び、奥には江戸城と富士山が見えます。シリーズの1枚目として数えられることが多く、江戸の中心である日本橋から名所めぐりが始まる構成になっています。
《高輪うしまち》1857年(3期出品)

画面の右側を、荷を運ぶ牛車の巨大な車輪が占め、その向こうの海に虹がかかっています。足もとには子犬と、食べ残したスイカの皮。車輪を大胆に切り取って手前に置く構図に、《名所江戸百景》の特徴がよく出ています。
《深川洲崎十万坪》1857年

雪に覆われた深川の埋立地を、空から獲物を狙う鷹の目線で描いた作品です。画面上部に大きく翼を広げた鷹が、広い雪原を見下ろしています。人間の視点ではなく、鳥の視点で地上を眺める発想が際立っています。
《大はしあたけの夕立》1857年(3期出品)

隅田川にかかる大橋(現在の新大橋の前身)を渡る人びとが、突然の夕立に追われる場面です。画面を斜めに走る無数の雨の線、傘や蓑で身をかがめる人たち、雨にかすむ対岸の安宅(あたけ)。シリーズの中でも特に評価が高く、ゴッホが油彩で模写した作品として知られています。東京国立博物館の出品作は安政4年(1857)9月の刊行です。
《亀戸梅屋舗》1857年(3期出品)
記事冒頭の画像がこの作品です。亀戸にあった梅の名所「梅屋敷」を描いています。手前に太い梅の古木の幹と枝が大きく描かれ、その隙間から、花見に来た人びとが小さく見えます。近景を拡大して遠景と対比させるこのシリーズの構図を、最も分かりやすく示す1枚です。こちらもゴッホが模写しています。
《浅草田甫酉の町詣》1857年(3期出品)

吉原の遊郭の一室から、格子窓の外を眺める白い猫が主役です。窓の外には田んぼが広がり、遠くに富士山、その手前に酉の市(とりのいち)へ向かう人びとの行列が小さく見えます。部屋の中の人物は描かれていませんが、畳の上の小物から人の気配が伝わってきます。浮世絵の猫については浮世絵の猫の記事でも紹介しています。
《両国花火》1858年

夜の両国橋の上空に、打ち上がった花火の軌跡と火の粉を描いています。暗い夜空に対して花火の光と、川に浮かぶ舟や橋の上の人影が小さく配置されていて、広い空間と一瞬の光の対比が印象に残ります。
ゴッホと《名所江戸百景》
《名所江戸百景》が世界的に知られるようになった大きな理由のひとつが、フィンセント・ファン・ゴッホとの関係です。

ゴッホは1887年、パリで《大はしあたけの夕立》をもとに《雨の橋(広重による)》を、《亀戸梅屋舗》をもとに《花咲く梅の木(広重による)》を油彩で描きました。どちらもアムステルダムのファン・ゴッホ美術館が所蔵しています。
ファン・ゴッホ美術館によると、ゴッホは広重の風景版画をおよそ50点持っていて、南フランスの風景も広重の目を通して見ていたといいます。《雨の橋》では、原作より色を強め、標準サイズのキャンバスに原作の縦横比を保つために余白を作り、そこに別の浮世絵から写した漢字を書き込みました。
ゴッホと浮世絵の関係については浮世絵とは?の記事、ゴッホ本人についてはゴッホとは?の記事でも紹介しています。
《名所江戸百景》はどこで見られる?
2026年:東京国立博物館「歌川広重 江戸のベストアングル」3期
東京国立博物館は、内山晋(うちやますすむ)氏が集めた浮世絵1,025点の寄贈を受け、これを記念した特別展「歌川広重 江戸のベストアングル」を開きます。1期に《東海道五拾三次》、2期に《木曽海道六拾九次》、3期に《名所江戸百景》をそれぞれ全点公開し、期ごとに展示作品がすべて入れ替わります。

- 会期:2026年9月29日(火)〜12月20日(日)
- 《名所江戸百景》の展示:3期 11月25日(水)〜12月20日(日)
- 会場:東京国立博物館 本館(東京・上野)
- 休館日:月曜日ほか(公式サイトで確認)
《名所江戸百景》を見るなら3期に行く必要があります。1期・2期には並ばないので注意してください。見どころやチケットの種類は広重展2026の解説記事にまとめています。
全点を所蔵する美術館・博物館
《名所江戸百景》の全揃いは、江戸東京博物館(東京・両国)や中山道広重美術館(岐阜県恵那市)などが所蔵していて、それぞれ展覧会で全点公開してきました。浮世絵は光に弱いため常設で並んでいるとは限らないので、訪れる前に各館の展示予定を確認するのが確実です。
オンラインで見る
国立国会図書館の「NDLイメージバンク」では、同館所蔵の《名所江戸百景》を解説付きで見ることができます。江戸東京博物館のデジタルアーカイブでも、全揃いの作品を1点ずつ刊行年月つきで閲覧できます。展覧会の前に気になる作品を探しておくと、会場で見るときの楽しみが増えます。
よくある質問
《名所江戸百景》は全部で何枚ですか?
全120枚です。内訳は、広重の図118、二代広重の図1、目録1です。絵だけを数えると119枚、広重自身の図だけなら118図になります。
《名所江戸百景》はいつ作られましたか?
安政3年(1856)2月に刊行が始まり、広重が亡くなった安政5年(1858)9月の後まで出版が続きました。広重の60歳前後、最晩年の作品です。
《名所江戸百景》でいちばん有名な作品は?
《大はしあたけの夕立》と《亀戸梅屋舗》がよく挙げられます。どちらもゴッホが模写した作品です。
《東海道五十三次》との違いは?
《東海道五拾三次》(保永堂版)は江戸から京都までの宿場を描いた横長のシリーズで、広重の出世作です。《名所江戸百景》は江戸の名所を描いた縦長のシリーズで、最晩年の集大成です。東海道の55図と宿場の場所は《東海道五十三次》とは?全55図を画像で一覧で紹介しています。
2026年に実物を見られますか?
東京国立博物館の特別展「歌川広重 江戸のベストアングル」3期(2026年11月25日〜12月20日)で全点公開されます。
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まとめ
《名所江戸百景》は、歌川広重が最晩年の約2年半をかけて描いた、江戸の名所と四季のシリーズです。全120枚の多くで、手前のものを大胆に切り取る縦長の構図が使われ、その斬新さはゴッホをはじめとするヨーロッパの画家たちにも届きました。
2026年の広重展3期は、このシリーズをまとめて実物で見られる機会です。《亀戸梅屋舗》の梅の枝や《大はしあたけの夕立》の雨の線が、摺りの細部までどう表現されているかは、図版より実物のほうがはるかによく分かります。

