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モネ《睡蓮》徹底解説|約250点の連作はなぜ生まれた?見どころ・大装飾画・日本で見られる場所

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クロード・モネ《睡蓮》1906年 シカゴ美術館蔵

「モネといえば睡蓮」と言われるほど、クロード・モネ(1840-1926)と睡蓮は切っても切れない関係にあります。モネは晩年の約30年間、自宅の庭に造った池の睡蓮を描き続けました。その数はおよそ250点。ひとりの画家がひとつのモチーフをここまで描き続けた例は、美術史でもそう多くありません。

この記事では、《睡蓮》の連作がどう生まれたのか、時期ごとの見どころ、そして日本で本物の《睡蓮》が見られる場所まで、僕なりの視点でじっくり解説します。

目次

《睡蓮》とは?モネが約30年描き続けた「連作」

《睡蓮》は1枚の絵のタイトルではなく、モネが1890年代後半から亡くなる1926年まで描き続けた一連の作品群を指します。こうした同じモチーフを繰り返し描いた作品のまとまりを「連作(れんさく)」と呼びます。同じ池でも、季節や天候、時間帯によって光は刻々と変わります。その変化そのものを描くことが、連作の狙いでした。

睡蓮を主題とした作品は、シカゴ美術館の解説によればおよそ250点にのぼるとされています。初期は池の全体や日本風の橋を描いていたモネが、しだいに水面だけへとクローズアップしていき、最後はほとんど抽象絵画のような大画面へたどり着く。この変化を追いかけることが、《睡蓮》鑑賞のいちばんの醍醐味だと僕は思っています。

モネと印象派の歩み全体については、印象派の歴史と特徴を解説した記事もあわせてどうぞ。

すべては「水の庭」から始まった

1883年、モネはパリ近郊の村ジヴェルニーに移り住みます。1890年にその土地と家を買い取ると、1893年には隣接する土地も購入し、水を引いて池を造りました。ロンドンのナショナル・ギャラリーの解説によれば、モネはこの水の庭を「目を楽しませるため、そして描く主題を持つため」に造ったと語っています。

池には当時交配されたばかりの新しい品種の睡蓮が植えられ、端には日本の浮世絵に着想を得た太鼓橋が架けられました。モネは浮世絵の熱心なコレクターでもありました。庭そのものを自分でデザインし、育て、それを描く。つまり《睡蓮》は、モネが「自分で作った風景」を描いた作品なんです。ここが他の風景画と決定的に違うところで、僕はこの徹底ぶりにいつも唸ってしまいます。

ジヴェルニーのモネの庭 睡蓮の池に架かる太鼓橋(日本の橋)
現在のジヴェルニー「モネの庭」。睡蓮の池に架かる緑の太鼓橋(日本の橋)。※制作当時の記録写真ではなく、現在の庭の様子です。Fondation Monet, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons

《睡蓮の池》1899年|日本風の太鼓橋と緑の世界

クロード・モネ《睡蓮の池》1899年 ナショナル・ギャラリー(ロンドン)蔵
《睡蓮の池》クロード・モネ、1899年、ナショナル・ギャラリー(ロンドン)蔵。Public domain, via Wikimedia Commons

作品データ:《睡蓮の池》/1899年/油彩・カンヴァス/88.3×93.1cm/ナショナル・ギャラリー(ロンドン)

連作の初期を代表するのが、この太鼓橋のシリーズです。画面いっぱいに広がる緑、橋の下に浮かぶ睡蓮、水面に映る木々。空をほとんど描かず、緑の濃淡だけで画面を組み立てる構成は、当時としてはかなり大胆でした。

橋のモチーフは、モネが集めていた浮世絵に登場する橋から着想を得たものです。西洋の画家が日本の庭を夢見て、自分の庭に橋を架け、それを描く。日本人としてはちょっと嬉しくなる背景ですよね。

《睡蓮》1906年|水面だけを切り取るという発明

クロード・モネ《睡蓮》1906年 シカゴ美術館蔵
《睡蓮》クロード・モネ、1906年、シカゴ美術館蔵。Public domain, via Wikimedia Commons

作品データ:《睡蓮》/1906年/油彩・カンヴァス/89.9×94.1cm/シカゴ美術館

1903年から1908年頃のシリーズでは、岸も橋も空も画面から消え、水面だけが残ります。睡蓮の葉が水面の広がりを示し、空や雲や木々は「水面への映り込み」としてだけ描かれる。地面に立って風景を眺めるという絵画の大前提を、モネはさらりと捨ててしまいました。

一見すると穏やかな絵ですが、シカゴ美術館の技術調査では、制作の途中で何度も大きな修正が加えられていたことが分かっています。モネ自身、この主題への取り組みを「強迫観念」と呼んでいたほどで、静かな画面の裏側は苦闘の連続だったようです。

《睡蓮》1916年|東京で会える、2メートル超の大作

クロード・モネ《睡蓮》1916年 国立西洋美術館蔵
《睡蓮》クロード・モネ、1916年、国立西洋美術館(松方コレクション)蔵。Public domain, via Wikimedia Commons

作品データ:《睡蓮》/1916年/油彩・カンヴァス/200.5×201cm/国立西洋美術館(東京)

晩年のモネは、より大きなカンヴァスへ向かいます。国立西洋美術館の《睡蓮》は約2メートル四方の大作。青と緑を基調に、花や水面の影の細部は大胆に省略されていて、同館の解説はこの表現を「後の表現主義や抽象絵画にもつながるモネの革新性」と位置づけています。

この作品は「松方コレクション」の1点です。松方コレクションとは、実業家の松方幸次郎が20世紀前半に収集した西洋美術のコレクションのことで、国立西洋美術館の設立母体になりました。同館の記録によれば、松方は1921年12月頃、この《睡蓮》をモネ本人から直接購入しています。その後、第二次世界大戦中にフランス政府に接収され、1959年に寄贈返還されて日本へ戻ってきたという、数奇な来歴を持つ1枚です。

オランジュリー美術館の「大装飾画」|《睡蓮》の集大成

クロード・モネ 大装飾画《睡蓮:日没》オランジュリー美術館蔵
大装飾画《睡蓮》より「日没」クロード・モネ、オランジュリー美術館(パリ)蔵。Public domain, via Wikimedia Commons

《睡蓮》連作の終着点が、パリのオランジュリー美術館にある「大装飾画(グラン・デコラシオン)」です。大装飾画とは、部屋の壁面全体を覆うような巨大な装飾絵画のこと。モネは楕円形の2つの部屋を、横長の睡蓮のパネルでまるごと包み込みました。

オランジュリー美術館によれば、モネは第一次世界大戦の休戦協定(1918年11月11日)の翌日、平和の象徴としてこの作品群をフランス国家へ寄贈することを申し出ました。設置が完成して公開されたのは1927年。モネが亡くなった数か月後のことで、画家本人は完成した展示室を見ていません。後年、画家のアンドレ・マッソンはこの空間を「印象派のシスティーナ礼拝堂」と呼びました。

僕がこの部屋のすごさだと思うのは、絵を「見る」というより、水面に「囲まれる」体験になっているところです。どこまでが水でどこからが空か分からなくなる感覚は、額縁の中の絵画では味わえません。

モネに影響を受けた画家たち|睡蓮から抽象絵画へ

意外に思われるかもしれませんが、モネの影響をもっとも強く受けたのは、次の世代の「抽象絵画」の画家たちでした。抽象絵画とは、具体的なものの形を描かず、色や形そのもので画面を組み立てる絵画のことです。

抽象絵画の先駆者ワシリー・カンディンスキー(1866-1944)は、若い頃にモスクワの展覧会でモネの《積みわら》を見て、「カタログを見るまで、それが積みわらだと分からなかった」という体験を回想録に書き残しています。何が描かれているか分からないのに、色彩の力で強烈に心をつかまれる。この体験が、対象の形を描かない絵画へと進む出発点のひとつになりました。

ワシリー・カンディンスキー《コンポジションVII》1913年 トレチャコフ美術館蔵
《コンポジションVII》ワシリー・カンディンスキー、1913年、トレチャコフ美術館(モスクワ)蔵。Public domain, via Wikimedia Commons

作品データ:《コンポジションVII》/1913年/油彩・カンヴァス/トレチャコフ美術館(モスクワ)

そして晩年の《睡蓮》は、20世紀半ばのアメリカで「再発見」されます。オランジュリー美術館の解説によれば、1955年にニューヨーク近代美術館(MoMA)が大型の《睡蓮》をコレクションに加え、モネは「初期印象派の自然主義と高度に発展した抽象芸術の架け橋」として紹介されました。《睡蓮》はポロックの《秋のリズム》などと並べて展示され、「抽象印象派」という言葉まで生まれています。

2018年にはオランジュリー美術館で「睡蓮:アメリカ抽象芸術と最後のモネ」展が開催され、ロスコ、ジョーン・ミッチェル、モーリス・ルイスらの作品が、モネの晩年作と並べて展示されました。印象派の画家として出発したモネが、結果として抽象絵画への扉を開けていた。《睡蓮》が「印象派の到達点」であると同時に「現代絵画の出発点」とも呼ばれるのは、こういうわけです。僕はこの事実を知ってから、《睡蓮》の見え方が一段と変わりました。

《睡蓮》はどこで見られる?

約250点の連作だけあって、《睡蓮》は世界中の美術館に収蔵されています。この記事で紹介した作品の所蔵先は以下のとおりです。

国立西洋美術館の外観(東京・上野)
国立西洋美術館(東京・上野)。663highland, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons

まず訪れてほしいのは、やはり上野の国立西洋美術館です。ル・コルビュジエが設計した本館は世界文化遺産にも登録されていて、建物目当てでも楽しめます。松方コレクションの名品と一緒に、2メートル級の《睡蓮》を常設展で見られるのは、正直かなり贅沢だと思います。

もっと深く知りたい人へ|おすすめの本

モネの生涯と作品を一冊でつかみたい人には、『もっと知りたいモネ 改訂版』(高橋明也監修・安井裕雄著、東京美術、2,200円)がおすすめです。図版が豊富な入門シリーズで、《睡蓮》に至るまでの流れを手軽に押さえられます。

《睡蓮》だけをとことん深掘りしたい人には、『図説 モネ「睡蓮」の世界』(安井裕雄著、創元社、4,400円)があります。連作としての《睡蓮》を体系的に解説した一冊で、この記事で触れた各時期の変化をさらに詳しく追えます。

※価格・在庫は変動する場合があります。最新情報は商品ページをご確認ください。

まとめ|水面の中に、無限の変化を見つけた画家

モネは睡蓮の池という「ひとつの風景」の中に、約30年ぶんの変化を見つけ続けました。橋のある風景から、水面だけの画面へ。そして最後は、鑑賞者を包み込む大装飾画へ。《睡蓮》の連作をたどることは、モネという画家の進化をそのままたどることでもあります。

美術館で《睡蓮》に出会ったら、まず離れて全体を見て、次に思いきり近づいて筆触だけを見てみてください。風景が絵の具のタッチに分解される瞬間こそ、いちばんモネらしい瞬間だと僕は思います。

モネの出発点になった一枚については、《印象・日の出》の解説記事で詳しく書いています。あわせてどうぞ。

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