ムンク《叫び》徹底解説|叫んでいるのは誰?意味・モデル・バージョン・どこで見られるか

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エドヴァルド・ムンク《叫び》1893年 ノルウェー国立美術館蔵

美術に詳しくなくても、この絵だけは知っている人も多いのでは。両手で顔をはさみ、口を大きく開けて、まるで冥界のような空の下で立ちつくす人物。エドヴァルド・ムンクの《叫び》です。絵文字にもなり、ホラー映画のモチーフにもなり、いまや「不安」そのものを表すアイコンになりました。

でも、いざ「これって何を描いた絵なの?」「あの人物が叫んでるの?」と聞かれると、よくわからない。僕もそうでした。今回は、この超有名な一枚を、制作の背景から絵に隠された落書きの謎、そして「どこで見られるのか」まで、じっくり掘り下げていきます。

エドヴァルド・ムンク《叫び》1893年 ノルウェー国立美術館蔵
エドヴァルド・ムンク《叫び》1893年、ノルウェー国立美術館(オスロ)蔵。Public domain, via Wikimedia Commons.

作品データ:《叫び》/1893年/テンペラ・油性クレヨン、板紙/91×73.5cm/ノルウェー国立美術館(オスロ)蔵

目次

ムンクとは?

エドヴァルド・ムンク(1863〜1944)は、ノルウェーを代表する画家です。不安・孤独・愛・死といった人間の感情をテーマに描き続け、20世紀の表現主義に大きな影響を与えました。《叫び》はその代表作であり、《モナ・リザ》《星月夜》と並び、世界で最も有名な絵画の一つです。

そもそも《叫び》は何を描いた絵なのか

舞台はノルウェーの首都オスロ(当時はクリスチャニアと呼ばれていました)。画面の奥にうっすら見える水辺は、エーケベリの丘から見下ろしたオスロ・フィヨルドだといわれています。左奥には、手すりに沿って歩いていく二人の人影。この二人が、実は絵を読み解くカギになります。

ムンクはこの絵を描く前に、自分の体験を短い散文詩のかたちで書き残しています。国立美術館が公開しているノートの記述を、僕なりに要約するとこんな感じです。

二人の友人と道を歩いていた。日が沈むころ、突然、空が血のように赤く染まった。僕は疲れきって柵にもたれ、青黒いフィヨルドと街の上に燃える血のような雲を見た。友人たちは先へ歩いていき、僕はひとり不安に震えながら立ちつくした。そのとき、自然を貫く果てしない叫びを感じたのだ。

ムンクの手記(1892年、Munch Museum T 2367)より要約

叫んでいるのは、実はあの人物ではない

ここが《叫び》最大の謎かなと思いますが、多くの人は「顔の人物が叫んでいる絵」だと思っています。でも手記を読むと、話は逆です。

叫んでいるのは人物ではなく、「自然」のほう。中央の人物は、自然を貫く果てしない叫びに襲われて、思わず両手で耳をふさいでいる——そう解釈するのが自然です。手前の細長い顔がゆがんで見えるのも、後ろの二人が平然と歩き去っていくのも、「その叫びは自分にしか聞こえていない」孤独と不安を強調しているように見えてきます。あの口を開けた顔は、叫びの主ではなく、叫びに飲み込まれそうな受け手と読み取ることもできます。

この構図は、いきなり完成したわけではありません。ムンクは前年の1892年に《絶望》という、よく似た絵を描いています。空も、風景も、奥を歩く人影も《叫び》とほとんど同じ。違うのは主役です。《絶望》では帽子をかぶった男がうつむいて欄干にもたれているだけ。それを、性別も年齢もわからない、こちらを正面から見つめる不気味な顔に変えた瞬間、絵は一気に「時代を超えるアイコン」になりました。

エドヴァルド・ムンク《絶望》1892年
エドヴァルド・ムンク《絶望》1892年。《叫び》の前段階とされる作品で、空・風景・奥を歩く人影がよく似ている。Public domain, via Wikimedia Commons.

「狂人にしか描けない」──絵に隠された落書きの謎

実はこの絵の左上、赤い空の部分に、鉛筆でこう走り書きされています。「Kan kun være malet af en gal Mand!(狂った男にしか描けない!)」。ずっと長いあいだ、これは絵に腹を立てた誰か——批評家か来場者——が書いたいたずら書きだと考えられてきました。1904年にコペンハーゲンで展示されたとき、批評家が「無神経な手が鉛筆でこう書いた」と記録していたからです。

ところが、話はそこで終わりませんでした。ノルウェー国立美術館は2020年、赤外線カメラと筆跡鑑定を使ってこの落書きを分析。結果、書いたのはムンク本人だとほぼ断定されたのです。当時、彼の絵は「まともな頭の持ち主の作品とは思えない」と酷評されていました。おそらくムンクは、その中傷をあえて自分の絵に書き込み、皮肉として引き受けたのではないか——僕はこのエピソードを知って、この絵がぐっと人間くさく見えるようになりました。

この落書きの調査と「筆跡はムンク本人のもの」という結論については、ノルウェー国立美術館の公式発表で詳しく紹介されています。

空はなぜ血のように赤いのか

あの毒々しいまでに赤い空。ムンクの心情を映した表現だと考えるのが王道ですが、「実際にあんな空を見たのでは?」という説もあります。よく知られているのが、天文学者らが2004年に科学誌『Sky & Telescope』で提唱した仮説です。1883年に起きたインドネシア・クラカタウ火山の大噴火で、火山灰が世界中の空を数年にわたって赤く染めた——その残光をムンクがオスロで見た可能性がある、というものです。

ロマンのある説ですが、あくまで仮説の一つで、決着はついていません。噴火とスケッチの時期には隔たりがありますし、「これはムンクの内面の色で、実景かどうかは重要ではない」という立場の研究者も多い。真相は藪の中ですが、こういう「もしかしたら」を抱えているのも、名画の面白さだと思います。

《叫び》は1枚じゃない──いくつものバージョン

「ムンクの叫び」と一口に言いますが、実はムンクは同じ構図を何度も作っています。国立美術館の解説によれば、大きく分けて次のようなバージョンがあります。

  • 絵画:ノルウェー国立美術館の1893年版(今回の主役)と、オスロのムンク美術館が所蔵する版。
  • パステル画:1893年に描かれたものと、1895年の署名入りのもの。
  • リトグラフ(石版画):1895年に制作された白黒の版画。

ここで出てくる「リトグラフ」というのは、平らな石の版にクレヨンなどで絵を描き、水と油の反発を利用してインクを乗せて刷る版画技法のこと。同じ図像を複数枚刷れるので、《叫び》が世界中に知られる大きなきっかけにもなりました。下は、そのリトグラフ版です。色がないぶん、線のうねりと不安の構図がより際立って見えます。

エドヴァルド・ムンク《叫び》1895年 リトグラフ
エドヴァルド・ムンク《叫び》1895年(リトグラフ)。※本文で解説している国立美術館の絵画版とは別バージョンの版画です。CC0, via Wikimedia Commons.

盗まれ、約96億円で落札された絵

世界的な名画だけに、《叫び》には印象的な盗難事件もあります。今回紹介しているノルウェー国立美術館所蔵の1893年版は、1994年に白昼堂々盗まれました。しかし、約3か月後に無事発見され、作品は美術館へ戻っています。さらに、オスロのムンク美術館が所蔵する別バージョンも2004年に武装した犯人によって奪われましたが、こちらも2006年に回収されました。

また、《叫び》は美術市場でも特別な存在です。2012年には、個人が所蔵していた1895年制作のパステル版がニューヨークのサザビーズで競売にかけられ、約1億1,990万ドル(当時のレートで約96億円)で落札されました。当時の美術品オークション史上最高額を記録したこの落札は、《叫び》が芸術的価値だけでなく、美術市場においても世界屈指の名作として評価されていることを物語っています。

象徴主義から表現主義へ──美術史における《叫び》

《叫び》が美術史で大きな転換点とされるのは、目に見えるものをそのまま描くのをやめ、心の中の感情そのものを画面にぶつけた点にあります。国立美術館も、この作品を「象徴主義から20世紀の表現主義へと向かう決定的な一歩」と位置づけています。

ここで二つの言葉を補足しておきます。「象徴主義」とは、目に見える現実よりも、目に見えない観念や感情、心のうちを、象徴的なイメージで表そうとした19世紀末の芸術の流れ。「表現主義」は、それをさらに推し進め、作者の内面の感情を、色や形を大胆にゆがめてでも直接ぶつける20世紀初頭の芸術運動です。現実の見た目に忠実であることより、「自分がどう感じたか」を優先する。まさに《叫び》のうねる線と非現実的な色は、その先駆けでした。

同じ時期、色や線で感情を語ろうとした画家は各地にいました。たとえば、金色の装飾で愛と官能を描いたクリムトの《接吻》や、燃えるような筆致で内面を描いたゴッホの絵。あわせて見ると、19世紀末から20世紀にかけて「心を描く」方向へ舵を切った空気が、より立体的に見えてきます。印象派の流れと並べてみるのもおすすめです。

《叫び》はどこで見られるのか

ノルウェー国立美術館(オスロ、2022年開館)の外観
現在の国立美術館(オスロ、2022年開館)。《叫び》1893年はここで見られる。Premeditated, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons.

今回主役にした1893年の《叫び》は、ノルウェーの首都オスロにあるノルウェー国立美術館(Nasjonalmuseet)で見ることができます。2022年に新しい建物へ移転した美術館で、この絵は常設のムンクの部屋(Room 060)に展示されています。オスロにはもう一つ、ムンク作品を集めたムンク美術館(MUNCH)もあり、そちらでも別バージョンの《叫び》に出会えます。オスロは、まさに《叫び》の街なんですね。

作品の詳しい情報は、ノルウェー国立美術館の公式コレクションページで確認できます。

ムンクをもっと知りたい人におすすめの本

ムンクの生涯と作品をもう少し体系的に知りたい人には、入門書として『もっと知りたいムンク』(千足伸行 監修/東京美術)が手に取りやすいです。図版が豊富で、《叫び》だけでなく代表作やムンクの人生の歩みまでコンパクトにたどれます。「まず一冊」という人にちょうどいいボリュームです。

『もっと知りたいムンク』(千足伸行 監修/東京美術/ISBN 9784808711214)

まとめ

《叫び》は、叫んでいる人の絵ではなく、「自然の叫びに耳をふさぐ人」の絵でした。血の色の空、うねる線、こちらを見つめる不気味な顔。そのすべてが、目に見えない不安を目に見えるかたちに変えています。落書きの謎、赤い空の仮説、いくつものバージョン、盗難と落札——知れば知るほど、あの一枚が違って見えてきます。

次にこの絵をどこかで見かけたら、ぜひ左奥を歩く二人の人影と、左上の小さな走り書きを探してみてください。きっと、いつもの《叫び》がちょっと特別に見えるはずです。

FAQ

Q. ムンクの《叫び》で叫んでいるのは誰?

A.
人物ではなく、「自然が叫んでいる」とムンク自身は記しています。
人物はその叫びを聞いて耳をふさいでいる、と解釈されています。

Q. 《叫び》は何枚ある?

A.
絵画2点、パステル画2点、リトグラフなど複数のバージョンがあります。

Q. 本物はどこで見られる?

A.
ノルウェー国立美術館とムンク美術館で見ることができます。

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