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ドガ《エトワール(舞台の踊り子)》徹底解説|スポットライトの華と背後の黒い影・パステルの秘密・どこで見られるか

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エドガー・ドガ エトワール 舞台の踊り子 オルセー美術館蔵

スポットライトを浴びて、片脚でふわりと立つ踊り子。腕を広げ、顔を軽く上に向けたその一瞬は、まるでシャッターを切ったように舞台の空気ごと切り取られています。エドガー・ドガ《エトワール(舞台の踊り子)》は、バレエを描いた無数の作品のなかでも、いちばん有名な一枚といっていい存在です。

でも、この絵の面白さは「きれいな踊り子」だけでは終わりません。よく見ると、彼女の背後、舞台袖の暗がりに黒い服の男がぽつんと立っている。パステルという柔らかい画材の下には、じつは版画の技法が隠れている。そして肝心のこの絵、いざ「見に行こう」と思っても、いつでも見られるとは限らない——。今回はこの一枚を、構図・技法・背景・鑑賞場所まで、僕なりにじっくりほどいていきます。

目次

《エトワール(舞台の踊り子)》1876〜1877年頃

エドガー・ドガ エトワール 舞台の踊り子 オルセー美術館
エドガー・ドガ《エトワール(バレエ/舞台の踊り子)》1876〜1877年頃、パステル・モノタイプ、オルセー美術館蔵。Public domain, via Wikimedia Commons.

作品データ:《エトワール(バレエ/舞台の踊り子)》/1876〜1877年頃/パステル・モノタイプ/58.4 × 42 cm/オルセー美術館蔵(RF 12258)

タイトルの「エトワール(étoile)」はフランス語で「星」。バレエ団の頂点に立つ主役ダンサーを指す言葉です(この呼び方はあとで詳しく触れます)。画面の主役は、舞台の中央でポーズを決める白いチュチュの踊り子ひとり。首をかしげ、両腕を大きく開いたその姿は、拍手のなかでお辞儀を返す幕切れの一瞬にも、見せ場のポーズの最中にも見えます。

オルセー美術館の記録では、制作年は「1876〜1877年頃」とされています。ドガのサインは画面の左上に入っていて、1877年の第3回印象派展に出品された作品でもあります。つまりこれは、印象派の画家たちが自分たちの絵を世に問うていた、まさにその現場に並んでいた一枚なんです。

描いたのはどんな画家?——エドガー・ドガ

作者のエドガー・ドガ(1834〜1917年)は、パリの裕福な銀行家の家に生まれました。若いころはイタリアで古典絵画をみっちり学び、もともとは歴史や神話を題材にした「きちんとした」絵を志していた画家です。その意味で、屋外で光を追いかけたモネやルノワールとは、出発点がかなり違います。

ドガは印象派展に何度も参加した中心メンバーでしたが、本人は「印象派」と呼ばれることをあまり好まず、自分をむしろ写実(リアリズム)の画家だと考えていたといわれます。彼が生涯こだわり続けたのは、光そのものよりも「動き」と「人間の姿」でした。踊り子、洗濯女、競馬の騎手、湯浴みする女性——動きのある瞬間を、デッサンの確かさで的確につかまえる。それがドガの真骨頂です。晩年は視力が衰え、細部の見えにくさを補うようにパステルや彫刻へと表現を広げていきました。《エトワール》は、そんなドガが最も脂の乗った40代前半に手がけた一枚にあたります。

舞台を上から見下ろす——不思議な構図

この絵を初めてじっくり見た人の多くが、ちょっとした違和感を覚えます。踊り子を、なぜか斜め上から見下ろしている。ふつう客席から舞台を見れば、視線はほぼ水平か、少し見上げる角度になるはずです。ところがこの絵では、踊り子の頭のてっぺんや、床に落ちる影までが見える。まるで舞台の真上あたりから覗き込んでいるような視点なのです。

これは、オペラ座の高い位置にあるボックス席(舞台に近い上階の桟敷席)から見下ろした眺めだと考えられています。ドガはオペラ座の会員として、こうした特等席や舞台裏に出入りできる立場にありました。だからこそ、客席の正面からではなく、斜め上や袖からの「ふつうは描かれない角度」を選べたわけです。

もう一つ効いているのが、画面右側の大胆な「余白」です。踊り子は中央からやや左に寄せて配置され、右半分は舞台の床がぽっかり空いている。ふつうなら主役を真ん中にどんと置きたくなるところを、あえて隅に寄せる。この空白があるおかげで、踊り子がこれから右へ滑り出していきそうな動きと、舞台の広々とした奥行きが同時に感じられます。写真や浮世絵から学んだといわれる、ドガならではの「わざと崩した」構図です。

パステルとモノタイプ——ドガだけの質感

この作品の技法表記は「パステル・モノタイプ」。少し耳慣れない言葉なので、順番に説明します。

パステルとは、顔料(色のもとになる粉)を棒状に固めた画材のことです。クレヨンよりもろく、粉っぽい質感で、紙の上に直接こすりつけて色をのせます。混ぜずに何色も重ねられ、削ったりぼかしたりも自在。チュチュのふわっとした軽さや、肌の柔らかさを出すのに、これ以上ない画材といえます。

モノタイプは版画の一種ですが、ちょっと変わっています。金属などのなめらかな板にインクで絵を描き、それを紙に一回だけ刷り取る技法です。ふつうの版画は同じ版から何枚も刷れますが、モノタイプは板に描いたインクがそのまま移ってしまうので、基本的に「一点もの(モノ)」しか生まれません。だから名前が「モノ(唯一の)タイプ」なんですね。

ドガはこの《エトワール》で、まずモノタイプで下地となる像を刷り、その上からパステルで色と光を重ねていきました。版画のしっとりした陰影の上に、パステルの粉が舞うように光を散らす。舞台の暗がりとスポットライトの対比が、この二段構えの技法によって生まれているわけです。僕はこの絵の「光っているのに柔らかい」独特の質感が好きなのですが、その秘密はこの合わせ技にあります。

背後の黒い男は誰なのか

主役の踊り子に見とれていると見落としがちですが、画面の左奥、舞台袖のセットの陰に、黒い服の男がひとり立っています。顔ははっきり描かれず、シルエットだけ。この男の存在が、じつはこの絵をただの華やかな舞台画から一歩踏み込んだものにしています。

この黒服の男は「アボネ(abonné)」だと解釈されています。アボネとは、オペラ座の年間会員のこと。とりわけ裕福な男性会員は、舞台裏や踊り子の稽古場にまで立ち入る特権を持っていました。彼らのなかには、若い踊り子の後ろ盾(パトロン)になる者も少なくありませんでした。

当時のバレエの踊り子の多くは、決して裕福な家の出ではありませんでした。幼いころから薄給で厳しい稽古に耐え、家計を支える少女たちも多かった。そんな彼女たちにとって、力を持つアボネの存在は、ときに憧れの舞台の裏側にある生々しい現実でもありました。スポットライトを浴びる華やかな踊り子と、暗がりで彼女を見つめる黒い影。ドガはこの一枚に、舞台の「表」と「裏」を静かに同居させています。

ちなみに、この主役の踊り子が実在の誰なのかについては、はっきり特定されていません。資料によってはロジタ・マウリという当時の人気ダンサーの名が挙がることもありますが、オルセー美術館の公式記録ではモデルは特定されていないので、ここでは「特定のスターというより、舞台の一場面」として見ておくのがよさそうです。

そもそも「エトワール」とは

タイトルにもなっている「エトワール」について、もう少し。フランス語で「星」を意味するこの言葉は、パリ・オペラ座バレエ団で最高位に位置する主役ダンサーの称号です。団のなかで頂点に立つ、まさに「スター」。この絵のタイトルは、スポットライトを一身に浴びる主役の輝きと、その称号を重ねているわけです。

ただ、この絵がぐっと深いのは、そのきらびやかな「星」のすぐ後ろに、先ほどの黒い影を置いているところ。頂点に立つ栄光と、その足元に広がる現実。ひとつの画面に、それが矛盾なく収まっています。華やかなタイトルの裏を読み解くと、絵の見え方がずいぶん変わってくるはずです。

ドガはなぜ踊り子を描き続けたのか

エドガー・ドガ 舞踏の稽古場 ラ・クラス・ド・ダンス オルセー美術館
エドガー・ドガ《舞踏の稽古場(ラ・クラス・ド・ダンス)》1873〜1876年頃、油彩・キャンバス、オルセー美術館蔵。Public domain, via Wikimedia Commons.

作品データ:《舞踏の稽古場(ラ・クラス・ド・ダンス)》/1873〜1876年頃/油彩・キャンバス/85 × 75 cm/オルセー美術館蔵(RF 1976)

ドガは生涯にわたって、踊り子を主題にした絵を数えきれないほど残しました。上の《舞踏の稽古場》もその一枚で、こちらは本番の舞台ではなく、稽古が終わったあとの教室の場面。中央で杖をつく年配の男性は、当時の名バレエ教師ジュール・ペローだと考えられています。伸びをする子、髪を直す子、ぼんやり待つ子——舞台の華やかさとは違う、飾らない日常が描かれています。

ここに、ドガという画家の面白さがあります。彼は「美しい瞬間」よりも、その前後の「素の瞬間」に目を向けました。あくびをする、靴紐を結ぶ、袖でひと息つく。作り込まれた華やかさをいったんはがして、動きの途中や気の抜けた仕草をすくい取る。《エトワール》で主役の背後に現実の影をしのばせたのも、同じまなざしの延長線上にあるように、僕には思えます。踊り子はドガにとって、単なる「きれいなモチーフ」ではなく、動きと光と人間の生活をまるごと観察できる、格好の題材だったのでしょう。

この絵をめぐる物語——カイユボットの遺贈

《エトワール》がフランスの国の宝として美術館に収まるまでには、ちょっとした物語があります。この絵はもともと、ドガの仲間だった画家ギュスターヴ・カイユボットが所有していました。カイユボットは自身も印象派の画家であると同時に、資産家として仲間の絵を数多く買い集めた大コレクターでもありました。

そのカイユボットが亡くなったあと、彼のコレクションは遺贈(財産を遺言で譲ること)としてフランス国家に贈られ、《エトワール》も1896年に国の所蔵となりました。当時、印象派の絵はまだ「きちんとした美術」とは見なされない風潮も根強く、この遺贈の受け入れをめぐっては議論もあったと伝えられます。それでも最終的に国のコレクションに入ったことで、《エトワール》のような作品が公共の美術館で誰でも見られるようになった。その後この絵は、リュクサンブール美術館、ルーヴル美術館などを経て、1986年の開館とともにオルセー美術館へと移されました。仲間思いのコレクターがいなければ、僕たちが今この絵に出会える道は、もっと細かったかもしれません。

《エトワール》はどこで見られる?

オルセー美術館 外観 パリ セーヌ川
オルセー美術館の外観(パリ)。DiscoA340, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons.

《エトワール》を所蔵しているのは、パリのオルセー美術館です。もとは1900年のパリ万博に合わせて造られた鉄道駅「オルセー駅」を改装した美術館で、印象派・ポスト印象派の名作が世界でも指折りの充実度でそろっています。ゴッホ、モネ、ルノワール、そしてドガ。かつて駅だった大空間に彼らの絵が並ぶさまは、それ自体が一つの見どころです。

ただし一点、正直にお伝えしておきたいことがあります。《エトワール》はパステルで描かれた作品です。パステルは光に非常に弱く、強い光に長くさらされると色があせてしまうため、常時展示ではなく、展示替えで休ませる期間が設けられることがあります。実際、この記事を書いている時点でのオルセー美術館の公式作品ページには「現在館内では展示していない」との記載があります。パリまで足を運ぶ前に、公式サイトで今この絵が展示中かどうかを確認しておくと安心です。逆にいえば、展示されているタイミングに出会えたら、それはなかなか幸運なめぐり合わせということでもあります。

日本にいながら味わいたい人は、オルセー美術館の公式コレクションページで高精細の画像を見るのがおすすめです。実物の質感まではさすがに伝わりませんが、構図や余白の取り方は画面越しでも十分に楽しめます。

もっと深く知りたい人へ

ドガという画家をもう一歩踏み込んで知りたくなったら、こんな一冊があります。

『もっと知りたいドガ 生涯と作品』(三浦篤 著/東京美術)
図版が大きく、ドガの生涯と代表作をていねいに追える入門書です。著者はドガ研究で知られる美術史家で、踊り子の絵がどんな背景から生まれたのかを、やさしい言葉で解説してくれます。《エトワール》の「表と裏」をもっと味わいたい人の最初の一冊にちょうどいいと思います。
※価格・在庫は変動する場合があります。最新情報は商品ページをご確認ください。

まとめ

ドガ《エトワール(舞台の踊り子)》は、スポットライトを浴びる踊り子の華やかさと、その背後にひそむ現実を、一枚のなかにそっと同居させた作品です。舞台を上から見下ろす大胆な構図、パステルとモノタイプが生む柔らかな光、そして舞台袖の黒い影。どれか一つに気づくたびに、この絵は見え方を変えていきます。

次にこの絵に出会うときは、まず主役の踊り子に見とれて、それから左奥の暗がりに目をやってみてください。きらめきと影、その両方を一度に描けたことこそ、ドガが「踊り子の画家」と呼ばれ続ける理由なのだと思います。

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