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ダ・ヴィンチ代表作9選|モナ・リザ・最後の晩餐から白貂を抱く貴婦人まで、見どころとどこで見られるか

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受胎告知 レオナルド・ダ・ヴィンチ

レオナルド・ダ・ヴィンチと聞くと、多くの人がまず《モナ・リザ》を思い浮かべると思う。画家であると同時に、解剖学者で、技術者で、植物学者でもあった人だから、絵を描くことは彼の関心のほんの一部でしかなかった。だからこそ、残された一枚一枚が異様なまでに濃い。

この記事では、数少ないダ・ヴィンチの絵画のなかから、美術史のうえでも人気のうえでも外せない代表作9点を、制作された順にたどっていく。フィレンツェで独立したばかりの20代の作品から、死ぬまで手元に置き続けた晩年の一枚まで。それぞれの見どころと「日本で見られるのか」まで、まとめて確認できるようにした。作品名・制作年・所蔵先も一次情報で裏を取ってあるので、調べものの起点にも使ってほしい。

先に全体像を言っておくと、ダ・ヴィンチの絵は大きく三つの時期に分かれる。フィレンツェで師ヴェロッキオのもとから独り立ちした初期(《受胎告知》《ジネヴラ・デ・ベンチ》)、ミラノのスフォルツァ家に仕えた脂の乗ったミラノ期(《岩窟の聖母》《白貂を抱く貴婦人》《最後の晩餐》)、そして各地を転々としながら深化していった円熟期(《モナ・リザ》《聖アンナと聖母子》《洗礼者ヨハネ》)だ。この流れを頭に置くと、9点がぐっと立体的に見えてくる。

目次

《受胎告知》1472年頃

受胎告知 レオナルド・ダ・ヴィンチ
《受胎告知》1472年頃、レオナルド・ダ・ヴィンチ、ウフィツィ美術館蔵。 Public domain, via Wikimedia Commons.

作品データ:受胎告知/1472年頃/板に油彩・テンペラ/90×222cm/ウフィツィ美術館蔵(フィレンツェ)

現存する最初期の一枚。大天使ガブリエルが聖母マリアに受胎を告げる、キリスト教絵画では定番の場面だ。まだ20歳そこそこ、師ヴェロッキオの工房にいた頃の作とされる。定番の主題なのに、僕がここで足を止めてしまうのは背景の風景の描き込みだ。空気に溶けていく遠くの山や港が、輪郭線をぼかすスフマート(ぼかし技法)の萌芽としてもう現れている。スフマートは、色と色の境目を煙のように曖昧にして立体感や空気感を出すダ・ヴィンチ最大の武器で、この技法は後年の《モナ・リザ》で頂点に達する。

鑑賞ポイントは、マリアの前に置かれた大理石の書見台と、ガブリエルの翼。翼は本物の鳥の羽を観察して描かれていて、「絵の中の生き物も自然の法則に従わせる」という彼の姿勢が早くも出ている。若書きゆえの遠近法のぎこちなさを指摘する研究者もいるけれど、それも含めて出発点として味わい深い。

《ジネヴラ・デ・ベンチの肖像》1474〜1478年頃

ジネヴラ・デ・ベンチの肖像 レオナルド・ダ・ヴィンチ
《ジネヴラ・デ・ベンチの肖像》1474〜1478年頃、レオナルド・ダ・ヴィンチ、ワシントン・ナショナル・ギャラリー蔵。 Public domain, via Wikimedia Commons.

作品データ:ジネヴラ・デ・ベンチの肖像/1474〜1478年頃/板に油彩/38.8×36.7cm/ワシントン・ナショナル・ギャラリー蔵

フィレンツェの若い女性ジネヴラを描いた肖像で、ダ・ヴィンチが手がけた最初期の肖像画。彼女の背後にびっしり茂るのはビャクシン(ジュニパー)の木で、イタリア語の「ジネプロ」が彼女の名「ジネヴラ」と響き合う言葉遊びになっている。名前を風景に忍ばせるこの遊び心が、僕はけっこう好きだ。

正面をわずかに外した視線と、血の気の薄い肌の質感が印象的。もともとは下半分に手が描かれていたと考えられていて、板が後世に切り詰められた結果、いまの正方形に近い形になった。裏面には植物をあしらった紋章と「美は徳を飾る」というラテン語の銘文が描かれている。アメリカ大陸にある唯一のダ・ヴィンチ絵画としても知られる一枚だ。

《岩窟の聖母》1483〜1494年頃

岩窟の聖母 レオナルド・ダ・ヴィンチ
《岩窟の聖母》1483〜1494年頃、レオナルド・ダ・ヴィンチ、ルーヴル美術館蔵。 Public domain, via Wikimedia Commons.

作品データ:岩窟の聖母/1483〜1494年頃/板に油彩(後にカンヴァスへ移し替え)/199×122cm/ルーヴル美術館蔵(パリ)

ミラノに移ってから受けた祭壇画の注文で、聖母マリア、幼子キリスト、幼い洗礼者ヨハネ、天使の4人が薄暗い岩場に集う。ここで効いてくるのが、光と闇のコントラストで人物を浮かび上がらせるキアロスクーロ(明暗法)だ。奥の岩の裂け目から差し込むわずかな光、湿った空気、遠くにかすむ岩山——洞窟の冷たい空気まで描き込む観察眼に唸らされる。

この作品にはほぼ同じ構図の別バージョンがロンドン・ナショナル・ギャラリーにもあり、二枚あることで有名だ。パリのルーヴル版のほうが先に描かれ、天使が画面の外を指さしているなど細部が異なる。見比べると発見が多いので、両方の存在は覚えておくと得をする。日本で言及されるときは、たいていこのルーヴル版を指している。

《白貂を抱く貴婦人》1489〜1491年頃

白貂を抱く貴婦人 レオナルド・ダ・ヴィンチ
《白貂を抱く貴婦人》1489〜1491年頃、レオナルド・ダ・ヴィンチ、チャルトリスキ美術館蔵(クラクフ国立博物館)。 Public domain, via Wikimedia Commons.

作品データ:白貂を抱く貴婦人/1489〜1491年頃/クルミ板に油彩/54.8×40.3cm/チャルトリスキ美術館蔵(クラクフ国立博物館/ポーランド)

ミラノ公ルドヴィーコ・スフォルツァの愛人チェチリア・ガッレラーニを描いた肖像。彼女が抱く白い動物はオコジョ(冬毛の白貂)で、これは単なるペットではない。オコジョは「身を汚すくらいなら死を選ぶ純潔の象徴」とされ、同時にミラノ公が受けた騎士団の紋章にも通じる。一匹の動物に、彼女の徳とパトロンへの目配せを二重に込めているわけだ。

首をひねって画面の外に視線を送るポーズは、それまでの硬い正面向きの肖像画から大きく踏み出した瞬間だった。動きと心理を一枚に閉じ込めるダ・ヴィンチの真骨頂で、僕は肖像画の歴史を変えた一枚だと思っている。ポーランドの国宝級の宝で、めったに国外に出ない。

《女性の肖像(通称・美しきフェロニエール)》1490〜1497年頃

女性の肖像 美しきフェロニエール レオナルド・ダ・ヴィンチ
《女性の肖像(通称・美しきフェロニエール)》1490〜1497年頃、レオナルド・ダ・ヴィンチ、ルーヴル美術館蔵。 Public domain, via Wikimedia Commons.

作品データ:女性の肖像(通称・美しきフェロニエール)/1490〜1497年頃/クルミ板に油彩/63×45cm/ルーヴル美術館蔵(パリ)

「美しきフェロニエール」という愛称で親しまれているが、ルーヴル自身は正式には《女性の肖像》と呼び、この通称は19世紀の版画の取り違えから生まれた「誤称」だと明記している。モデルが誰かも確定していない。名前ひとつとっても謎が残るあたり、いかにもダ・ヴィンチらしい。

手すりのこちら側に置かれた腕が、鑑賞者との間に一枚の「窓」を作り出す。こちらをまっすぐ見据える強い視線と、額の細いチェーン飾りが緊張感を生んでいる。そしてこの一枚、2026年秋に日本初上陸する。国立新美術館の「ルーヴル美術館展 ルネサンス」で来日するので、実物を見られる貴重な機会だ。展覧会の詳細はこの記事の後半と、専用の解説記事にまとめている。

関連記事:ルーヴル美術館展 ルネサンス2026の見どころ|ダ・ヴィンチ《美しきフェロニエール》初来日・チケット情報

《最後の晩餐》1495〜1498年

最後の晩餐 レオナルド・ダ・ヴィンチ
《最後の晩餐》1495〜1498年、レオナルド・ダ・ヴィンチ、サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会蔵(ミラノ)。 Public domain, via Wikimedia Commons.

作品データ:最後の晩餐/1495〜1498年/漆喰壁にテンペラ・油彩/約460×880cm/サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会蔵(ミラノ)

キリストが「あなたたちのうち一人が私を裏切る」と告げた、まさにその瞬間の食卓。12人の弟子たちが動揺し、ざわめきが波のように広がる。全員の視線と手の動きが、中央のキリストへ収束するよう計算されている。壁画でありながら、遠近法の消失点がキリストの額のあたりに置かれ、画面のすべてが彼の一点へ吸い込まれていく構図だ。

ダ・ヴィンチはこの絵で、乾く前に一気に描く必要のあるフレスコ技法を嫌い、ゆっくり描ける油彩とテンペラを乾いた壁に試した。おかげで細部まで作り込めた反面、絵具の定着が悪く、完成後まもなく剥落が始まった。いま僕たちが見ているのは、度重なる修復を経た姿だ。誰がどの弟子で、消えたとされるキリストの足の話まで踏み込んだ解説は、別記事にまとめてある。

関連記事:ダ・ヴィンチ《最後の晩餐》徹底解説|裏切り者は誰か・消えたキリストの足・どこで見られるか

《モナ・リザ》1503〜1519年頃

モナ・リザ レオナルド・ダ・ヴィンチ
《モナ・リザ》1503〜1519年頃、レオナルド・ダ・ヴィンチ、ルーヴル美術館蔵。 Public domain, via Wikimedia Commons.

作品データ:モナ・リザ(ラ・ジョコンダ)/1503〜1519年頃/ポプラ板に油彩/79×53cm/ルーヴル美術館蔵(パリ)

説明のいらない、世界で最も有名な絵。フィレンツェの商人の妻リザ・ゲラルディーニを描いたとされるが、ダ・ヴィンチはこの絵を注文主に渡さず、死ぬまで手元に置いて描き続けた。あの微笑みが見る角度や気分で表情を変えて見えるのは、口元の輪郭を極限までぼかしたスフマートの効果だ。はっきり描かない、という選択が見る人の想像を動かす

背景の空想的な風景は左右で地平線の高さが違っていて、視線を動かすたびに彼女の座り方まで変わって感じられる。微笑みの謎、モデルは誰か、なぜ未完のまま持ち歩いたのか——語りたいことが尽きない一枚なので、こちらも単独の解説記事を用意している。

関連記事:ダ・ヴィンチ《モナ・リザ》徹底解説|微笑みの謎・モデルは誰?・見どころ・どこで見られるか

《聖アンナと聖母子》1503〜1519年頃

聖アンナと聖母子 レオナルド・ダ・ヴィンチ
《聖アンナと聖母子》1503〜1519年頃、レオナルド・ダ・ヴィンチ、ルーヴル美術館蔵。 Public domain, via Wikimedia Commons.

作品データ:聖アンナと聖母子(正式名称・聖母子と聖アンナ)/1503〜1519年頃/ポプラ板に油彩/168×130cm/ルーヴル美術館蔵(パリ)

マリアの母アンナの膝にマリアが座り、そのマリアが子羊にじゃれつく幼子キリストへ手を伸ばす。三世代が一つのピラミッドのように積み重なる、けれど不安定さをまったく感じさせない構図だ。子羊はキリストの受難を暗示していて、幼子がそれを掴もうとし、母がやんわり引き止める——甘やかな家族の場面に、未来の犠牲がそっと差し込まれている。

《モナ・リザ》と同じ晩年に並行して手がけられ、これも完成しきらないまま彼の手元に残った。奥へ幾重にも遠ざかる青い山並みは、大気の層で遠くが霞んで青ずむ「空気遠近法」の教科書のような表現。地質学者としての観察が、そのまま絵になっている。

《洗礼者聖ヨハネ》1508〜1519年頃

洗礼者聖ヨハネ レオナルド・ダ・ヴィンチ
《洗礼者聖ヨハネ》1508〜1519年頃、レオナルド・ダ・ヴィンチ、ルーヴル美術館蔵。 Public domain, via Wikimedia Commons.

作品データ:洗礼者聖ヨハネ/1508〜1519年頃/クルミ板に油彩/72.9×56.3cm/ルーヴル美術館蔵(パリ)

真っ暗な闇からぬっと浮かび上がる若者が、右手の人差し指で天を指す。ダ・ヴィンチが最後にたどり着いた到達点とされる一枚で、背景の描写を捨て、光と闇と微笑みだけで神秘を語らせている。あまりに謎めいた表情に、当時から賛否が分かれた作品でもある。

スフマートはここでほとんど極限まで進み、肌と闇の境目が溶けている。指が示す「天」は、この絵の外にある救済を指し示す。描くべきものをどこまで削れるか、という問いにダ・ヴィンチ自身が答えを出した作品だと僕は感じる。これもまた、死の直前まで手放さなかった。

代表作9選のほかに、名前だけは知っておきたい3点

今回の9点からはあえて外したけれど、ダ・ヴィンチを語るなら押さえておきたい作品が3つある。

ひとつは《ウィトルウィウス的人体図》。円と正方形に内接する両手両足を広げた人体の素描で、Tシャツやロゴでも見かける超有名なドローイングだ。絵画ではなく紙に描かれた素描で、ヴェネツィアのアカデミア美術館が所蔵している。保存の都合でめったに公開されないため、実物を見るのは相当むずかしい。

ふたつめは《東方三博士の礼拝》。フィレンツェ時代の大作だが未完のまま残され、下絵の段階で筆が止まっている。それでも群像の構想力は圧巻で、ウフィツィ美術館で見られる。みっつめが《サルバトール・ムンディ》。2017年に約508億円という絵画史上最高額で落札されて話題になったが、本当にダ・ヴィンチ本人の作かは専門家の間でも議論が続いており、現在の所在も公表されていない。真贋と行方、その両方が宙に浮いたままの一枚だ。数値や来歴が確定していない部分が多いので、この記事では代表作9選には含めていない。

ダ・ヴィンチの絵は、どこで見られる?

9点の所蔵先を眺めると、ルーヴル美術館に5点が集中しているのがわかる。《岩窟の聖母》《女性の肖像(美しきフェロニエール)》《モナ・リザ》《聖アンナと聖母子》《洗礼者ヨハネ》。ダ・ヴィンチは晩年をフランス王フランソワ1世のもとで過ごし、手元の絵をフランスに持ち込んだ。それらが王室コレクションを経てルーヴルに収まったので、世界で最もダ・ヴィンチ絵画が集まる場所になっている。

ルーヴル美術館 外観
ルーヴル美術館の外観(パリ)。2010年撮影。Benh Lieu Song, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons。※本記事の作品画像とは別の、美術館外観の参考写真です。

残る作品は、《受胎告知》と《東方三博士の礼拝》がフィレンツェのウフィツィ、《ジネヴラ・デ・ベンチ》がワシントン、《白貂を抱く貴婦人》がポーランドのクラクフ、《最後の晩餐》がミラノの教会と、世界に散らばっている。全部を実物で見ようとすると、それだけで壮大な旅になる。

では日本にいる僕たちはどうするか。いちばんの朗報は、2026年秋、ルーヴルの《女性の肖像(美しきフェロニエール)》が初来日することだ。国立新美術館(東京・六本木)で開かれる「ルーヴル美術館展 ルネサンス」(2026年9月9日〜12月13日)で、ダ・ヴィンチの真作を日本で見られる。ルネサンス絵画約50点が来る大型展で、これは見逃せない。会期や料金、見どころは公式サイトと解説記事で確認してほしい。

もうひとつの手が、徳島県の大塚国際美術館だ。ここは世界の名画を陶板で原寸大に再現した美術館で、《モナ・リザ》《最後の晩餐》《受胎告知》など、ダ・ヴィンチの主要作をまとめて「原寸で」体感できる。オリジナルではないけれど、剥落する前の《最後の晩餐》の復元まで見られるのは、複製ならではの強みだ。海外に行かずにダ・ヴィンチの全体像をつかむなら、ここは本当に効率がいい。

ダ・ヴィンチをもっと深く知るための本

9点を追いかけて「もっと踏み込みたい」と思ったら、手元に一冊あると世界が変わる。図版の大きさと解説の質で、名画は驚くほど違って見えてくる。僕が起点にしやすいと思う本を挙げておく。

『もっと知りたいレオナルド・ダ・ヴィンチ 改訂版 生涯と作品』裾分一弘 監修(東京美術)

2018年2月刊/80ページ/ISBN 978-4-8087-1106-1

『レオナルド・ダ・ヴィンチを旅する 没後500年』池上英洋 監修(別冊太陽・平凡社)

2019年4月刊/152ページ/ISBN 978-4-582-92273-8

まとめ

ダ・ヴィンチの絵画は数こそ少ないけれど、そのぶん一枚ごとに彼の観察と実験が凝縮されている。フィレンツェ初期の《受胎告知》から始まり、ミラノで肖像画の常識を変え、晩年には《モナ・リザ》《洗礼者ヨハネ》で「描かないことで語る」境地に達した。この9点を時代順に眺めるだけで、一人の天才が何を追い求め続けたのかが見えてくる。

そして2026年秋には、その真作の一枚が日本にやってくる。まずは各作品の個別解説を読み込んで、来日する《女性の肖像》を予習しておくと、実物の前に立ったときの感動がまるで違うはずだ。

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