パブロ・ピカソ《アヴィニョンの娘たち(Les Demoiselles d’Avignon)》
ピカソの代表作《アヴィニョンの娘たち》(1907)は、20世紀美術を一気に更新し、いわゆるプロト=キュビズムの転換点となりました。
伝統的な遠近法や人体表現を壊し、形を“面”として再構成する方法へ舵を切った歴史的転換点です。ピカソは25歳の頃に制作を進めました。描かれているのは、バルセロナの娼館を想起させる空間に立つ5人の裸婦(性労働者)です。本記事では、作品が何を表しているのか、制作背景・構図・見どころ・所蔵情報まで、初学者にもわかる言葉で整理します。
この記事でわかること
- 《アヴィニョンの娘たち》の意味と「なぜ有名なのか」
- 構図・モチーフ・技法の鑑賞ポイント
- 所蔵美術館(MoMA)・チケット・おすすめ図録/本の情報
初心者から受験生、訪問予定の人まで、観る前に押さえておきたい要点をまとめました。関連図録・おすすめ本も紹介します(※リンクはアフィリエイトを含みます)。
《アヴィニョンの娘たち》は何を表している?
結論からいうと、《アヴィニョンの娘たち》が表しているのは、娼館の室内にいる5人の裸婦(性労働者)です。ただし、物語の一場面を自然に再現した絵ではありません。5人の身体や顔を角ばった面に分解し、浅い空間に押し込めることで、見る側が彼女たちの強い視線と身体に正面から向き合う構成になっています。
準備素描の段階では、5人の女性に加えて船乗りと医学生の2人の男性も描かれていました。最終作では男性が消え、女性たちが鑑賞者の側を直接見返す構図へ変化しています。つまり本作は、単なる「5人の女性の絵」ではなく、見る側と見られる側の関係そのものを緊張させる作品でもあります。
「アヴィニョン」とは何の意味?フランスの都市ではない
タイトルの「アヴィニョン」は、フランス南部の都市アヴィニョンを描いたという意味ではありません。現在の題名は、ピカソが若い頃を過ごしたスペイン・バルセロナのCarrer d’Avinyó(アビニョ通り)にいた性労働者を指すものとして、1916年の初公開頃に定着しました。作品そのものは1907年に制作されており、制作時から現在の題名が正式についていたわけではありません。
《アヴィニョンの娘たち》とは?:意味と背景 ― キュビズムの扉を開いた一作
1907年、パリ。 ピカソは大型カンヴァスに5人の裸婦を角ばった線と平たい面で描き、奥行きの浅い空間の中に、異なる向きや様式の身体をぶつけました。伝統的な一点透視図法や理想化された人体表現から大きく離れ、のちのキュビズムへつながる造形上の転換点となった作品です。
本作の成立を一つの「理由」だけで説明することはできません。ピカソは制作の過程で、エル・グレコ、セザンヌ、マティスなどの西洋絵画に加え、古代地中海世界の彫刻や、当時フランスにもたらされていたアフリカ・イベリア・オセアニアなどの彫刻から幅広く造形を学びました。こうした異質な表現を一枚の画面で組み替えたことが、《アヴィニョンの娘たち》の強烈な違和感と新しさにつながっています。
ピカソが《アヴィニョンの娘たち》で影響を受けた美術
とくに右側2人の仮面のような顔は、ピカソが1907年頃に強く関心を寄せたアフリカやオセアニアの仮面・彫刻との関係が指摘されています。一方で、作品全体の源泉はそれだけではありません。MoMAは、イベリア彫刻、古代エジプトや南アジアの彫刻、古代ギリシャ彫刻のローマ時代の模刻、さらにセザンヌやマティス、エル・グレコなど、複数の文化・時代の造形が重なっていると説明しています。

Photo: Ji-Elle (Ji-Elle), via Wikimedia Commons
License: CC BY-SA 4.0
ピカソ《アヴィニョンの娘たち》 基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| タイトル | アヴィニョンの娘たち(Les Demoiselles d’Avignon) |
| 作者 | パブロ・ピカソ(Pablo Picasso) |
| 制作年 | 1907年(ピカソ 25~26歳) |
| 技法 | 油彩/カンヴァス |
| サイズ | 約 244 × 234 cm |
| 所蔵 | The Museum of Modern Art(MoMA), New York |
| 位置づけ | プロト=キュビズム(キュビズム初期) |
| 制作地 | パリ |
なぜ有名なのか? 6つの理由
「アヴィニョンの娘たち」は、登場前と登場後でアートの制作方法や絵画の見方を大きく変えたからです。
登場前は遠近法で奥行きを再現する「窓の絵」から、登場後、平面を強調し複数視点を同時に重ねる絵へ。
自然な人体表現から、身体を幾何学的な面に分割・再構成し、人物と背景も等価にぶつける構成へと世の中の見方が変化しました。
「再現」中心の伝統を壊して「見る仕組み」の実験へ舵を切り、キュビスム=モダンアートの起点になった作品です。
- 遠近法の崩壊と複数視点:奥行きを平面へ圧縮し、同時に複数の角度を提示。
- 人体の面分割(フェイセット):身体を幾何学的な面へ分解し再構成、のちのキュビズムの基本語彙に。
- 仮面的顔貌:右側の二人の顔に民族彫刻の造形を導入。西洋の美の規範を内側から更新。
- 背景=舞台の等価化:人物と背景(カーテンや布)が同じ強度でぶつかり、画面全体の平面化が進む。
- 制作史的インパクト:1907年を“モダンアートの元年”級に語らせる転換点。ブラックとの共同実験へ接続。
- 美術館教育と教科書的知名度:MoMAのコレクションとして教育・展示で繰り返し扱われ、世界的に常識化。
「アヴィニョンの娘たち」が世に出た頃は、「衝撃で賛否」が当時の空気で、多くは当惑・拒否、少数の前衛(アポリネール、カーンヴァイラー、のちのブラックなど)が“新しさ”を嗅ぎ取りました。賛否は割れつつも「ここから新しい時代が始まる」という直感を与えた作品です。
構図・色彩・技法のポイント
- 面で組む人体:輪郭は鋭く、量感は平面の組み合わせで出す。
- 視線のズレ:五人の顔・肩・腰の向きが意図的に不一致。視点の混在を体感できる。
- 仮面の導入:右端二人の顔にはアフリカやオセアニアの仮面・彫刻との関係が指摘される。作品全体ではイベリア彫刻を含む多様な造形源が重なっている。
- 背景の力:布の折れやカーテンの線が人物と同格の存在感で、空間を押しつぶす。
- 色彩:温・冷を交差させつつも、輪郭と面の関係が主役。色は構成を助ける役回り。
制作プロセスと準備素描:発想の“転覆”が起きた瞬間
本作には多数の準備素描・エチュードが残っています。初期構想では、5人の裸婦に加えて中央に船乗り、左側に頭蓋骨を持つ医学生がいる7人構成でした。しかし制作を進めるなかで2人の男性は消え、最終的には5人の女性が鑑賞者の側へ直接向き合う構図へ変化します。過程のドローイングを見ると、人物のポーズや顔、空間表現を何度も組み替えながら、最終画面へ近づいていったことがわかります。
その後ピカソはジョルジュ・ブラックとともに形態の分解と再構成をさらに進め、分析的キュビズムへ展開していきました。
《アヴィニョンの娘たち》はどこにある?MoMA(ニューヨーク)所蔵
- 所蔵:The Museum of Modern Art(MoMA), New York
- 展示:2026年9月20日時点でMoMA公式サイトは「On view」と案内しており、5階のGallery 502で展示されています。展示場所や公開状況は変わる可能性があるため、渡航前に公式サイトの最新展示情報をご確認ください。
- チケット:混雑緩和のため時間指定のオンライン予約が便利。音声ガイドの有無も事前チェック推奨。
図録・本のおすすめ
1907年の衝撃作《アヴィニョンの娘たち》を、制作経緯・下絵・同時代の文脈から解きほぐす解説書です。
セザンヌやアフリカ彫刻の影響、遠近法の解体と面分割→キュビスム誕生までを図版とともに整理。
「なぜこの一枚が20世紀を変えたのか」を要点で腑に落とし、展覧会や授業の予習・復習にも最適です。
ピカソという作家:20世紀の“規範変更者”
ピカソは生涯を通じて画風を変え続け、時代ごとに既存の規範を更新しました。《アヴィニョンの娘たち》はその代表例で、“見え方”そのものを組み替える提案でした。以後の《ゲルニカ》(1937)や分析的/総合的キュビズムの展開を理解するうえでも、起点として押さえておきたい一作です。
よくある質問(FAQ)
Q. どうして顔が“仮面”みたいなの?
A. とくに右側2人の顔にはアフリカやオセアニアの仮面・彫刻との関係が指摘されています。本作ではそれ以外にもイベリア彫刻など多様な造形源が参照されています。
Q. 遠近感が崩れて見えるのはなぜ?
A. 複数視点を同一画面で同時に扱い、奥行きを平面化しているためです。のちのキュビズムの核心に繋がります。
Q. 実物はどこで見られる?
A. ニューヨークのMoMA所蔵。展示替えがあるため、来館前に公式サイトで最新展示状況を確認しましょう。
Q. 何がそんなに革新的?
A. 人体表現・遠近法・美の規範をまとめて更新し、20世紀美術の出発点の一つになったことです。
Q. 「アヴィニョン」はフランスの町のこと?
A. いいえ。題名は、ピカソが若い頃を過ごしたバルセロナのCarrer d’Avinyó(アビニョ通り)に由来します。
Q. 《アヴィニョンの娘たち》の値段はいくら?
A. 現在はニューヨーク近代美術館(MoMA)の所蔵作品で、市場で売買されている作品ではないため「現在の販売価格」はありません。

