東京都美術館のガラス面に、ゴッホ展の大きなポスター。
久しぶりの「トビカン」に、入口へ向かう足が自然と速くなる。相変わらず銀色の球体が強烈な存在感で出迎えてくれて、美術館に入る前から、もうワクワクが止まらない。
今回足を運んだのは、ゴッホ展「家族がつないだ画家の夢」。2025年9月12日(金)—12月21日(日)で開催されている。
結論から言うとこの展覧会、よくある「孤独で不遇な天才ゴッホ」では終わらせない。むしろ真逆だ。先入観が見事に覆された。
ゴッホの絵がいま世界中で愛されている理由は、「天才だったから」と言うのが全てではなく、彼の死後も作品と夢を未来につないだ家族の手仕事の積み重ねが、いまの「ゴッホ」をつくった。つまり、ゴッホの名声は、家族が作品を守った「家族の壮大なプロジェクト」だった。その軌跡をたどれることが、この展覧会のいちばんの見どころだと思います。
公式図録は買い!!(展覧会のタイミング逃した人も必見!)
展示作品のほか、ゴッホ家の家系図、年表やヨーの会計簿も掲載しており充実の内容となっていました!
ゴッホ一族の努力、家族の系譜がわかる一冊。
ハードカバーでしっかりした作りで保存版として購入。プレミア(?)が付く前にぜひご確認ください。
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予約制の流れと混雑感:長蛇に見えて、待ちは短い
会場は予約制で、この時はどうやら入場枠は1時間ごとに設定されている様子。次の回の15分前には40mくらいの長い列ができていて一瞬ひるむが、実際はスムーズに進む。結果として長く待つことなく、すんなり入場できた。
館内は人が多く、スタッフの方が常に小声で「前へお進みくださ〜い」「空いている箇所からご覧くださ〜い」
と誘導している。昨今の美術展らしく会話が割と許容されている空気があること。鑑賞者同士が「この頃の作品は暗い色が多いね」「不幸な環境だったのかしら」など、感想を交わしながら楽しんでいた。静寂の中で一対一で向き合う鑑賞もいいけれど、こういう共有する鑑賞も、確かに今っぽい。
章立てが優秀:第1章〜第5章で家族のバトンが見える
構成は第1章から第5章まで。
- 第1章:ファン・ゴッホ家のコレクションから、ファン・ゴッホ美術館へ
- 第2章:フィンセントとテオ、兄弟のコレクション
- 第3章:フィンセント・ファン・ゴッホの絵画と素描
- 第4章:ヨーが売却した絵画
- 第5章:コレクションの充実(作品収集)
とくに心をつかまれたのは第3章。
「ゴッホの作品を観る」だけでなく、ゴッホが何を見て、何を学び、どんなふうに世界を描き直したのかが、作品の並びから自然に伝わってくる。
推し作品メモ(第3章中心)
モンマルトル:風車と菜園
早春の空気が軽い。超薄塗りの薄青〜薄緑の中間色が爽やか。ゆっくりとした時間とともに穏やかな気持ちで描いているのが手に取るようにわかる。
土や建物は点描的に散らされている。輪郭にきらりと光る赤いラインが色の反響を産んでいる。
なんともいえない、風の通りのよさ。ゴッホ=濃厚な筆触のイメージがある人ほど、「こんな軽い画面も描くのか」と驚くはずだ。
とはいえ、ゴッホって雲の書き方に特徴ありますよね。雲はいい意味で大雑把で、心象が現れやすいんでしょうか。

Photo: Van Gogh Museum (Van Gogh Museum), via Wikimedia Commons
License: Public Domain Mark 1.0
画家としての自画像
背景は青白いのに、どこか温かいクリーム色のような空間。対比として効いているのが、肌や髭のオレンジと、衣服の青。近くで見ると補色を使い色の発色効果を高めているのがわかる。写真だと伝わらないが、実物は「美しい」の一言。
鏡を見て描いたのだろうか、左手に筆を持っているように見えるのも面白い。しかも手元には7本以上の筆。色の種類ごとに持ち替え短時間で書き上げたのではないか。瞬間の生々しさを切り取ったような自画像だ。
このときの遠くを見る眼差しは何を語っているのだろうか。

Photo: GoldenArtists (GoldenArtists), via Wikimedia Commons
License: CC BY 4.0
浜辺の漁船
船はベタ塗りで平面的、輪郭で形を立てている。浮世絵の影響を受けている、という説明に納得する。絵が“西洋絵画の文法”だけで閉じていない。外から来た表現を、貪欲に自分の言語に変えていくゴッホが見える。

Photo: Szilas (Szilas), via Wikimedia Commons
License: Public Domain Mark 1.0
オリーブ園/麦の穂
ほぼ抽象絵画のような勢い。大胆な筆の流れと色のうねりに、抽象表現主義のポロックを思い出す。もちろん時代は全く違うのだけれど、「絵具の運動」がそのまま感情の速度になっている点で、現代美術的に通じる身体性の表現が伺える。
フィンセント・ファン・ゴッホ《オリーブ園(Olive Grove)》1889年Photo: Van Gogh Museum (Van Gogh Museum), via Wikimedia Commons License: Public Domain Mark 1.0 | フィンセント・ファン・ゴッホ《オリーブの林(Olive Grove)》1889年Photo: Mefusbren69 (Mefusbren69), via Wikimedia Commons License: Public Domain Mark 1.0 |

Photo: Van Gogh Museum (Van Gogh Museum), via Wikimedia Commons
License: Public Domain Mark 1.0
花咲くアーモンドの木の枝(高詳細画像を投影)
※この作品は絵画ではなく、 会場内のイマーシブコーナーにて高精細画像を巨大モニターで投影されています。
テオとヨーの間にフィンセント・ウィレムが生まれたときに贈った絵。花が咲く悦びに満ちているのに、半年後にゴッホは自ら命を絶ったとされ、テオも病で後を追うように亡くなる。その後、ヨーが大半の遺産を相続し、作品を引き継いでいく。美しいだけでは終わらない。この1枚が、展覧会のテーマそのものだと思った。
会場では、このターコイズブルーとアーモンドの花の柄そのままの着物を着ている人がいて、とても素敵でした。

Photo: Van Gogh Museum (Van Gogh Museum), via Wikimedia Commons
License: Public Domain Mark 1.0
公式図録に全部載っています
公式図録として作品の解説が掲載されています。ゴッホ家の家系図、年表やヨーの会計簿も掲載しており充実の内容。アートの歴史書としても読み応え十分です。以下よりご確認を。
音声ガイドは遠目で聴いて、隙をみて寄るが正解
今回は音声ガイドを購入しました。
俳優の松下洸平さんがゴッホと弟テオの声を担当、ヨー役として中島亜梨沙さん。人混みのなか、まず遠目でガイドを聞き、隙を見て近くで鑑賞するスタイルにした。これがかなり良い。
音声ガイドは2種類。
- 会場レンタル版(日本語/英語):650円(税込)
- アプリ配信版「聴く美術」(日本語):700円(税込)
配信期間:2025年7月5日〜2026年3月末予定/期間中は何度でも視聴可
混雑する人気展ほど、音声ガイドは「作品の前で立ち止まり続けない」鑑賞のリズムを作ってくれる。耳で先に状況を理解してから、絵に寄る。今日はこの戦略がハマった。
チケット情報!! 阪神・淡路大震災30年 大ゴッホ展 夜のカフェテラス
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この展覧会の核:「なぜゴッホはここまで評価されたのか?」は、家族の物語で説明できる
ゴッホは37歳で亡くなるまでに約2000点とも言われる作品を残した(作品数の情報は諸説あるが、圧倒的な制作量であるのは間違いない)。ではなぜ、その作品が世界で評価されるようになったのか。
この展の答えはシンプルで、強い。
ゴッホの絵が「生き残り、見つけられ、理解され、広められた」のは、世代を超えた家族の愛と実務がつないだから。
すでに書いた通り、本展の答えは「家族がつないだから」。その視点で章立てを見ると、展示の設計が一気に腑に落ちる。つまりこれは、壮大な「家族プロジェクト」であり、壮大な「家族愛の展覧会」だ。
売れた瞬間が見える:ヨーの会計簿
本展では、ゴッホ美術館が所蔵するヨーの会計簿も展示されていた。
作品が売れたタイミングと金額が“記録”として目に入ってくると、名声は天から降ってきたものではなく、「いつ・いくらで・どう動いたか」というかなり生々しい現実の積み上げだったことが分かる。アートを夢だけで語らず、ヨーの行動力と策士的な鋭さに感服した。
イマーシブコーナー:正直、圧倒されるより、老舗の挑戦が面白い
最後のイマーシブコーナーは、大きな壁面全体に作品や絵具のアップが流れる。
体感するほどの没入、というよりは、感動を促す仕掛けとしてゴッホの言葉が時折流れる程度で、過剰な演出ではない。
ただ、東京都美術館という老舗が「昨今の美術展の流行」を取り入れて挑戦している、という事実自体が面白い。伝統とアップデートが同居している。これを“良し”とするかは人によるけれど、個人的には評価したい。
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ゴッホは「孤独」「不遇」じゃなかった
ゴッホには、「孤独」「不遇」「最後は自死」という暗いイメージがつきまとう。
そしてその暗さのなかで輝かしい作品を残した、ある意味“変態的にストイックな人生と人物像”——そんな先入観を、私は持っていた。
でもこの展示会で見えたのは、もっと温かい輪郭だった。
テオという兄思いの弟が、決して裕福ではないなかで画材費も生活費も送り続け、頻繁に手紙を交わし、兄は弟へ絵を送り返した。ゴッホはミレーなど偉大な先人に肩を並べたいと願い、テオは兄の才能を信じ、支え続けた。そしてその意志は、ヨーとフィンセント・ウィレムへと受け継がれていく。
精神的な病に苦しんだ側面は確かにある。けれど、それだけが彼の人生の中心ではない。
家族の存在、アルルの明るい春、麦畑やオリーブ畑の美しさが、どれほどゴッホを癒していたか——作品を追っていくと、それが肌感覚で伝わってくる。
いま私たちがゴッホを観られるのは、美術史の偶然ではなく、家族が“歴史の出来事に埋もれないように”守り抜いた結果だ。そう思うと、胸の奥で静かに「ありがとう」が湧いた。
高額で取引される価値ではなく、美術の歴史の新しい一場面を開いたことへの最大の敬意を。
そしてその夢を引き継いだ家族へ、深いリスペクトを。
一方で、、、ゴッホの遺産という特別なチケットを手にした奇跡に、嫉妬を覚える展示会でもあった。
もし現代にゴッホが今生きていたら?
ゴッホの言葉で「私は絵の中で、音楽のように何か心慰めるものを生み出したい」というものがある。現代にもし彼が生きていたならどんなことを思うのだろうか。浮世絵など当時の最先端の表現を惜しみなく研究したゴッホなら、現代に生きていたらAIやテクノロジーも、絵具と同じように扱い、新しいアートを精力的に生み出していたかもしれない。
スマホの光、ネオン、監視カメラの視線、SNSタイムライン——そんな現代のモチーフを前に、彼はどんなことを思うのだろうか。
グッズ売り場は戦場。でも、買ってよかった

最後は展覧会限定グッズコーナー。案の定、人でごった返している。しかも導線がよくできていて、チケットを買った人だけが辿り着ける設計。人気展あるあるだ。
筆者はハンドタオルのデザインに惹かれて購入。猫のキーホルダーも秀逸だった。花咲くアーモンドの木の枝がプリントされたエコバッグも購入。カタログもしっかり厚い本で、展示作品の解説がきちんと読めるタイプ。展示の内容を家に持ち帰るなら、図録はかなりアリだと思う。
結果、そこそこ散財した。でもこれはもう「必要経費」、ゴッホ一族への感謝ということにして自分を納得させた。

かなりしっかりしている


買うべし!! 【公式図録】ゴッホ展 家族がつないだ画家の夢
公式図録として作品の解説が掲載されているのはもちろんですが、ゴッホ家族がどのように作品保全に努力していったのかを詳しく掲載。ゴッホ家の家系図、年表やヨーの会計簿も掲載しており充実の内容。アートの歴史書としても読み応え十分です。(筆者も購入済み)
プレミアが付く前にぜひご確認を。
詳細情報
※全て2025/12/8時点の情報です。最新情報は公式サイトをご確認ください。
東京展展覧会名:ゴッホ展 家族がつないだ画家の夢
会期:2025年9月12日(金)—12月21日(日)
※土日、祝日および12月16日(火)以降は日時指定予約制
会場:東京都美術館 〒110-0007 東京都台東区上野公園8−36
開室時間:9:30-17:30、 金曜日は20:00まで (入室は閉室の30分前まで)
12月2日(火)~5日(金)、9日(火)~12日(金)は、9:00開室
名古屋展覧会名:NHK名古屋 放送100年記念 中日新聞社創業140年記念 ゴッホ展 家族がつないだ画家の夢
会期:2026年1月3日(土)—3月23日(月)
会場:愛知県美術館 〒461-8525 愛知県名古屋市東区東桜1丁目13−2
開館時間:10:00〜18:00 ⾦曜は20:00まで(入館は閉館の30分前まで)
休館日:1月5日(月)、1月19日(月)、2月2日(月)、2月16日(月)、3月2日(月)、3月16日(月)
大阪展展覧会名:大阪・関西万博開催記念 大阪市立美術館リニューアル記念特別展 ゴッホ展 家族がつないだ画家の夢
会期:2025年7月5日(土)—8月31日(日)
会場:大阪市立美術館(天王寺公園内)〒543-0063 大阪府大阪市天王寺区茶臼山町1−82
開館時間:9:30-17:00、 毎週土曜日、8月8日(金)、10日(日)、15日(金)、22日(金)、29日(金)は19:00まで(入館は閉館の30分前まで)
休館日:毎週月曜日、 7月22日(火)
※ただし、7月21日(月・祝)、8月11日(月・祝)、8月12日(火)は開館
ゴッホの絵画の評価が上がった理由
年表:ゴッホ美術館ができるまで(没後100年の歴史)
| 年 | 出来事(ポイント) | 意味(何が前に進んだか) |
|---|---|---|
| 1889 | テオとヨーが結婚 | 作品・資料を「家族の単位」で抱え、守る基盤ができる |
| 1890 | 息子フィンセント・ウィレム誕生/ フィンセント死去 | “次世代”が生まれ、のちの継承線が確定 |
| 1891 | テオ死去→ヨーが遺産(作品群)を継承 | 散逸の危機を、家族が引き受けて回避する起点 |
| 1890年代 | ヨーが販売・貸出・展示を戦略的に進める | 市場に乗せ、見られる機会を増やす |
| 1895 | パリでヴォラールが展覧会(約20点規模) | 画商ネットワークで“評価の場”に入り始める |
| 1897 | ヴォラールがまとまった購入(例:19点) | 価格形成・流通が加速する |
| 1914 | テオ宛書簡の出版(ヨー主導) | 作品理解(物語・思想・制作背景)が広がる |
| 1924 | 英国の主要美術館(ナショナル・ギャラリー)が購入 | “権威ある公的コレクション入り”で社会的証明が付く |
| 1925 | ヨー死去→息子フィンセント・ウィレムが継承 | 保存・修復・貸出の責任が次世代へ |
| 1930 | アムステルダム市立美術館へ大量長期貸与 | 観る人が増え、評価の裾野が広がる |
| 1940–45 | 戦時下で安全に保管 | 散逸リスクを回避し、コレクションを守り切る |
| 1945以降 | 欧米で展覧会・貸出を積極化 | 国際的に「見たことがある画家」へ |
| 1949 | フィンセント・ファン・ゴッホ財団を設立 | 作品を“制度”で守る(保全活動) |
| 1962 | 財団が法的所有者に | 相続・分散のリスクを根本から減らす |
| 1973 | ファン・ゴッホ美術館 開館 | 収蔵の場から「公開・研究・教育」へ |
| 1990 | 没後100年の記念展(100点超級) | 国際的注目を再点火 |
| 1990年代以降 | 調査研究・カタログ整備・書簡公開(オンライン化含む) | 「研究機関」として信頼が盤石になる |
| 1999 | 新展示棟増設(黒川紀章設計)開館 | 受け入れ規模・展示機能が拡張 |
新展示棟増設(黒川紀章設計)開館

Photo: Alexander Migl (Alexander Migl), via Wikimedia Commons
License: CC BY-SA 4.0
2026年2月1日まで 大ゴッホ展 夜のカフェテラス(2025/12/27時点)
阪神・淡路大震災から 30 年の取り組みのひとつとして「阪神・淡路大震災 30 年 大ゴッホ展 夜 のカフェテラス」を開催中!! (2025/12/27時点)


